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「はい、じゃあ今日の訓練はここまで」 高町なのはのその声が響くと同時、相対していた四人は漸くに緊張を解き、疲れたように地に伏せる。 ホーリーの訓練場を間借りしてのなのはの教導は現在でも続いていた。流石にミッドチルダの時ほどに施設などに関しては贅沢は言えないが、それでも訓練に使える場所を借りることが出来るだけでも重畳だとなのはは思っていた。 JS事件以降、飛躍的に成長を続ける新人たちはそれこそ未来のストライカー候補とするに申し分の無い素質を開花し始めている。 自分が教えられることは、もはやそう多くはないであろう事を察しているなのはには、それが喜んでいいのか、寂しく思うことなのかは微妙なところだ。 無論、それが喜ぶべきことであるのは分かっている。長く教導官を続けてきて、多くの未来ある才能豊かな教え子たちを空へと羽ばたかせてきた。 教え子たちの巣立ちには喜びと誇りを持つことは許されても、それを厭うことなどあってはならない。 それは自分の元を発ち、己自身の力で空を飛ぶ選択をした教え子たちの誇りを汚すことと同じだからだ。 だからこそ、自分が本来しなければならないことは、旅立つ彼らを誇りを持って見送ること、ただそれだけのはずだ。 だってもう自分がいなくても、彼らは立派に飛べるようになったのだから…… それはこの四人も同じだ。 近い将来、いずれ六課が解散するその頃まではこの子達もまた、立派なストライカーズへと成長を遂げているだろう。 そして自分たちと別れた道の先でも、きっと立派に自身の空を自身の力で飛び続けてくれる筈だ。 だからこそ、教導官として高町なのはがすべき事は、その時までにこの四人を立派に鍛え上げて、来たるべく日には自信を持って送り出してやることだ。 多くの教え子たちにそうしたように、彼女たちにもまたそうしてあげなければならない。 それはちゃんと理解している。だが…… (……出来る事なら、もっとずっと教えてあげていたいし、守っていたい) それが己の我が儘だと十二分に自覚しながらも、そんなことを思ってしまっている自分をなのはは恥じてもいた。 間違いなく、この四人は才覚にしろその精神にしても、長く続けてきた教導官の経歴の中でも最高の教え子たちだと言っていい。 彼女たちを教導できた事を、むしろ自分は誇りに思っているし、自分が教えたことが教え子たちの目指す道の先で少しでも役に立ってくれたなら、これほど喜ばしいこともない。 だが同時に、本来ありえてはならない思考だと自覚しながらも、彼女たちを手放すことを惜しいと感じている自分も確かにいた。 輝く原石であった……否、もう充分に輝き始めている今の彼女たちを、許されることならばこれからも誰よりも近くでずっと見ていたいとも思っていた。 恥ずべき独占欲、それを理解しながらもどこかでそれに言い訳をしようとする自分がいるのが分かり、なのはは自己嫌悪すら正直に抱いた。 分かっている。これはただ彼女たちを羨んでいるだけなのだ。いつか成長し、自分たちに勝るとも劣らぬようになるであろう彼女たち。 これからも彼女たちは成長してどんどん強くなっていく、その果てはまだまだ遠いところだ。 一方で、自分はどうだろうか。全盛時の力を失い、これから先は落ちていくことはあっても上がることは恐らくはないであろう己の実力。 愛娘を救い、教え子たちを成長させていくために選び取った代償。自らでそれを自分は選んだ。ならばそこに後悔は無いし、あってはならない。 この先も、悔いることなくこの選択に殉じる覚悟は既に出来ている。 ……出来ている、はずだった。 それでも、と魔が差している自分がいた。 かつて管理局に入ってすぐの頃、上には上がいるという現実を思い知らされ、それでも強くなろうと我武者羅に足掻いた時期があった。 大切な者を守る為には、力とは時に手段として必要になってくる。だから力を求めて強くなろうと頑張り続けた。 色々あって、ただ我武者羅に無茶を続けることは逆効果であることを痛い教訓と共に覚えたが、それでも力を求めていたあの時に確かに感じていたことがあった。 どんどん成長を続けているのが感じられる、強くなっていることを実感できていたその時、確かに楽しいと思う自分がいた。 力そのものに善悪は無く、振るう者の立場によってそれは決定される……などとはよく言われるが、確かに純粋に力だけを求めていた頃は、楽しくも思えた。 それは教導官となってから他人へと教える立場になってからも、教え子たちがかつての自分と同じように強くなることに自信と喜びを感じられている事を察し、皆同じであるのだと言うことは理解できた。 だからこそ、教導官になって以降も教え子たちを鍛え上げながらも、負けずに己自身もまた鍛え上げ続けることを忘れはしなかった。 そうして全盛時とも言えたあのJS事件前の自分、未だ自分に未熟があることは自覚し戒めながらも、それでもこの自分の力なら、大切な仲間たちや教え子たちを守ることが出来ると信じていた。 でも――― 「なのはさん、どうかしたんですか?」 スバルに呼びかけられ、物思いに耽っていた意識をハッと戻すと共に、慌てて彼女には何でもないと言って首を振るう。 いけない、よりによって教え子の前でこんな事を考えていたなどあってはならないことだと思いながら、皆には先に戻ってシャワーを浴びて着替えて通常任務に就けるよう待機しておくように指示を出す。 指示に従い去っていく四人を見送った後、改めて後片付けを兼ねて一人残りながら、なのはは自身が思っている事をハッキリと口に出して言ってしまっていた。 「……きっと不安なんだ、私は」 全盛時の力は恐らくは最早発揮することは叶わない。無敵のエースオブエースと教え子たちが自分へと抱いてくれた幻想は、それこそ本物の幻想と化した。 だからこそ、これから未知の強大な脅威が教え子たちの前に現れた時、自分は彼女たちを無事に守ってやることが出来るだろうか。 その自信が無い事をハッキリと自覚しているから、こうして不安にもなっている。 大切だから失うのが怖い、離れるのが嫌だ。 だからずっと守っていたい、傍にいて欲しい。 それが依存と呼ばれる弱い考えであることは承知の上だ。もはや彼女たちは充分に強くなったのだから大抵のことに心配を抱く必要は無いはずだ。 だというのに、そんな不安を抱き、あまつさえ彼女たちを侮辱しているとも捉えられる不安を抱いている。 だからこそ、なのははハッキリとこの現実を自覚した。 彼女たちは強くなった。本当に、当初の予想以上に。いつかは自分たちと並び、越えていくほどに。自身の空をその力で力強く羽ばたけるほどに。 反面、己は弱くなった。過去の選択に後悔は無いと謳いながら、力に未練を抱いているほどに。そしてそんなに強くなった教え子たちに、まだ不安を抱き続けているほどに。 魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed 第1話 機動六課 「本土からの増援?」 「ああ、何でもお前がこれまでやらかした被害も向こうは無視できなくなったんだろ。それで本土の方から新しいアルター使いがやってきたんだとよ」 君島のその説明にカズマは車の座席に背を凭れさせながら、その情報の内容を改めて反芻する。 と言っても、彼が理解できていることは二つだけだ。 ホーリーに本土から新しくアルター使いどもが配備された。 自分はそれをぶっ飛ばす。 以上の二点、実に単純明快なことに過ぎない。 ホーリーや劉鳳とはケリをいずれ着ける心算だったのだから、横槍を入れてくるようなら纏めて潰す、ただそれだけのことである。 「んな奴ら、全部纏めてぶっ潰してやるさ」 「……纏めて潰すって、カズマ、お前この状況が結構ヤバイって分かってる?」 カズマのその相変わらず過程を省く、単純な思考に呆れながら、君島は相棒の分の危機感すらも余計に感じなくてはならないほどだった。 この話、自分の情報網が掴んだものだから確かなものだという自信がある。だがそれは同時に、本土の連中が自分たちを潰しにかかってくるのに本腰を入れ始めたということを証明しているも同じだった。 先のネイティブアルターたちによる対ホーリー同盟軍は敗北に終わり、救出に向かったカズマの健闘も空しく、寺田あやせをはじめとした多くのアルター使いたちが本土へと送られてしまった。 彼女たちが本土でどんな扱いを受けているか、それを心配すると同時に、ロストグラウンドにはホーリーに対抗しようというアルター使いが大量に減ってしまったという危機的現状もある。 かの惨敗のせいで、今更あの時に召集に応じなかった他のアルター使いを頼ろうにも及び腰のアイツ等は二度と手を貸そうなどとは思わないはずだ。 それはつまり襲われれば局所的に抵抗をする者たちがいたとしても、自ら攻めの姿勢でホーリーへと立ち向かうアルター使いはもういないということだ。 ―――隣で不敵に笑っている、この馬鹿一人を除いて。 「でもよ、相手は組織なんだぜカズマ。個人の力で数を相手に勝とうなんて……アルター使いでもありえないくらい都合良過ぎるだろ?」 この相棒の強さは他の誰よりも君島が一番良く知っている。伊達に長いこと組んで共に修羅場を潜り抜けてきたわけではない。 この男はどんな時でも決して諦めない。まるで不可能を可能にすることこそを義務とでもするように、どんな絶望的状況下でもソレに対する反逆の姿勢を決して崩しはしない。 それに憧れてもいる君島は、この馬鹿でクズで……それでも強いこの相棒と組んで戦える事を誇りに思っている。 けれど、これはもう今までのネイティブアルター同士の小競り合いとは完全に次元の違う話になってきている。 とてもではないが、圧倒的とも思える本土やホーリーを相手に、自分たちが勝ちを収められる姿を君島は想像できなかった。 だからこそ、ここはカズマを説得して逃げるのも手なのではないかとこの時に本気で君島は思ってもいた。 だが、 「だから、逃げんのか?」 カズマが不意に睨むようにこちらを見て言ってきた言葉に、君島は内心を見透かされたのかとも思い、ドキリとした。 今この男が非情に不機嫌な状態であることは君島には即座に察せられた。それこそすぐ殴ってくる男だ、次の瞬間にはこちらに手を出してきてもおかしくない。 「逃げてどうすんだよ、君島? 奴らはきっとどこまでも追ってくるぜ。ならまた逃げるか、このロストグラウンド中をアイツ等に捕まらないように逃げ回り続けろってか?……んなの―――」 瞬間、手を伸ばしこちらの胸倉を掴みあげながら、ハッキリとカズマは睨み怒鳴る。 「―――冗談じゃねえ! ゴメンだね、そんな無様なこと! 逃げてたって何も解決しねえ! 奴らが襲ってくるってんなら、奪ってくるってんなら、戦うしかねえだろうが!?」 勝てる勝てない、やれるやれないじゃない。 勝つしか、やるしか他に道は無い。 「クソムカつくあいつ等に好き勝手やられて我慢できるか! 受け入れるのが運命?………ッハ、だったら―――」 強く真っ直ぐに、それが当然のことの様にハッキリと。 「―――その運命に反逆してやる!……それが俺たちのやり方だろ、君島ぁ!?」 馬鹿はそんな馬鹿な事を言ってきた。 正直、付いていけないのが普通人である君島邦彦が本音としたいところだ。 どんなに頑張っても君島にはアルター能力も無ければ、カズマのような強い考えだって抱き続けることは難しい。 理不尽に奪われるのは悔しいし、抗えるものなら抗いたいと君島だって思っていた。だがそれでも自分は現実に弱く、何の力も持っていない。 カズマのように、強く在り続けることは出来ない。 「……皆が皆、お前みたいにはなれねえよ」 だからこそ、君島はそんな本音を彼から目を逸らしながら告げていた。 絶対にぶん殴られる、その覚悟はしていた。 何せ自分はカズマの嫌う弱い考えを口にしていたのだから……。 だからカズマがそれを許せず、次の瞬間には怒りに任せて拳を振り下ろしてきても、まったくおかしくはなかった。 むしろこの男なら、容赦なくそうすると思っていた。 だが――― 「……そう、かよ」 苦虫を噛み潰すかのような呻き声で呟いたかと思えば、カズマは掴んでいた君島の胸倉を乱暴に離し、そのまま車を降りて背を向けて行ってしまおうとする。 「………お前がそう思うなら、仕方ねえ。好きにしろ……俺も、好きにするだけだ」 振り返りもせず、背を向けたままカズマは最後にそれだけを言って去っていく。 向かう先にあるのはホールドのトレーラー。補給物資の運搬でこの経路を通るのを事前に知り、待ち伏せをしていたのだ。 その待っている最中に、思い留まらせることも考えて先の話題を振ったのだが、やはりカズマは止める気などないらしい。 独りでもトレーラーを襲撃……否、これからも例え独りだろうとも戦い続ける心算なのだ。 それがあの男の……カズマのこの現実への反逆の仕方だとでも言うように。 それを止めろと声をかけることも、その背を追いかけることも今の君島には出来ない。許されない。 一度でも弱い考えを抱き、それを受け入れてしまった。 それはカズマと共に戦う資格を失ったのも同じ。 ただ項垂れるように、何も言えず、背を向け向かう彼の背中を見送り続けることしか今の君島には許されなかった。 ……これなら、思い切り殴られた方がまだマシだった。 カズマのムカつきは今や最高潮に達しかけていた。 それも当然だ、まさかあの相棒がいきなりあんな及び腰の腑抜けた戯言をほざくだなどとは考えてもいなかったからだ。 そう、他の誰でもなく、己の相棒であるあの君島が、だ。 それがカズマには許せず、苛立ちは益々増していく一方だった。 実に胸糞悪い。あの腑抜けた相棒の姿も、クソったれた現実も、そして我が物顔で好き勝手やってやがるホーリーの連中も、だ。 もはやそれこそ一つド派手な喧嘩でもやらないことには収まりなどつきそうにない。 本土から来たアルター使いども、丁度いい。憂さ晴らしにぶっ飛ばしてやるからかかって来いというものだ。 そいつ等がさも当然のようにこちらの前に立ち塞がるなら、それは敵だ、壁だ。 壁はぶち壊す、この自慢の拳でだ。そこには何一つの例外も無い。 「……だからよぉ」 ―――始めようぜ、喧嘩をよぉ!? そう胸中で叫ぶと共に、自らのアルター“シェルブリット”を発現し右腕へと装着させながら、カズマは目視で確認できたトレーラー目掛けて襲い掛かった。 「物資輸送の護衛、ですか?」 「うむ、それを君たち機動六課へと頼みたい」 ホーリーの部隊長室へと呼び出されたなのははそこでマーティン・ジグマールからそのような要請を請けることとなった。 無論、建前の上では増援部隊である以上はホーリーの部隊長から命じられた指示を断ることは難しく、なのはもまたこの時点でそれをする気は無い。 人手不足と陥っているらしいホーリーの手伝いを断る理由も無く、ロストグラウンドの現状をより深く理解するためにも公然と壁の外での活動が出来るのはこちらとしても望むところだ。 だが、 「本日急に、とは随分といきなりですね?」 こちらにもこちらの都合、色々とした準備がある……などとは間違っても目の前の相手を前に口に出すことは出来ないが、いきなり過ぎるというのも事実だった。 「そのことに関しては情報の行き届きがしっかりしていなかったようだ。確かに急な話になってしまってすまない」 「いえ、こちらもお世話になっていますし、そんなお気遣い無く」 謝罪を述べてきたジグマールになのはも慌ててそう返す。 別に不満があったわけではない。それに仮にも軍属が命令に異議を挟むことも許されることではない。 自分たちは機動六課ではあるが、それも立場上ではホーリーに所属している言わば同部隊の一員。お客様ではないのだ。 だからこそ拝命された以上は、 「了解しました。これより機動六課、物資輸送の護衛任務へ就かせていただきます」 責任を持って完璧にやり通す、それが彼女たちの流儀だった。 「―――高町」 聞き慣れた―――ものに非常に良く似た声に名前を呼ばれてなのはは振り返る。 「……劉鳳君。どうしたの、何か用事かな?」 其処に立っていた劉鳳を確認すると共に用件を彼へと微笑みながら尋ねる。 ホーリー部隊きってのアルター使いであり、実直そうな性格そのままの外見の彼とは色々と話をする機会が欲しいと思っていたのだが、今まで残念ながら互いにその機会は無かった。 そしてこれまた残念ながらこれから任務で出撃しなければならない以上、時間はあまり取れない だが彼の方から進んで話しかけてきてくれたのは初めてだったので、手短でも聞いておきたい興味が彼女にもあった。 「ゼブラ27地区に物資輸送の護衛任務に就くと聞いたのだが……」 「耳が早いね。そうだよ、これから私たちのホーリーでの初任務だけど、応援でもしてくれるのかな?」 だとするならば嬉しいものだ、とからかいではなく本心から言ってみた。 だが生憎と劉鳳の方は、それにいやと首を僅かに振りながら、 「気をつけろ。事によっては“奴”が襲撃を仕掛けてこないとも限らない」 それが言いたかっただけだ、と彼が言ってきたのは警告紛いの……否、実質は警告と同義の言葉だった。 劉鳳が“奴”と口にした時の表情の変化から、それを指す人物が彼にとっては特別な相手なのだということは彼女にも凡そ見当がついた。 恐らくそれは――― 「―――NP3228……ううん。カズマ、くん…だっけ?」 なのはの言葉に劉鳳はそうだと肯定の頷きを示した。 部隊内で話はなのはの耳にも届いている。 ―――曰く、互いがその名を刻み合った宿敵同士。 これまでに幾度も対決をし、劉鳳とそのカズマという男は激戦を繰り広げているのだという。 しかも劉鳳のその相手への拘りは尋常なものでないらしく、部隊内の者達ですら気安く触れられぬ話題なのだとか。 ホーリーきってのアルター使いである劉鳳ほどの男がこれ程までに拘っている、それはやはり只者ではないというハッキリとした証明だろう。 アルター能力の仔細を把握したく、なのはは一度劉鳳との模擬戦を実施したことがある。 無論、互いに制限下の上で全力を出す前に終了したが、それでも自分とあそこまで互角以上に渡り合えた劉鳳の実力をなのはは高く評価していた。 あの絶影はあれ以上の真の力を有しているらしく、そのカズマ相手には一度ソレを解放しているという話だ。 そこまでの相手、ならばその実力は紛れも無く本物。なのははまだ見ぬ相手を決して過小評価はしていなかった。 「お前たちのアルターは俺も把握させてはもらった。正直、この大地においても特にお前には早々に匹敵する相手もそうはいないだろう。だからこそ気をつけろ、あの男はその数少ない例外へとなりうる」 それに女子供だろうと容赦はしない。カズマに限らずネイティブアルターの多くはそんな野蛮さを持ち合わせている。 見かけにそぐわぬ実力を彼女たちが有しているとはいえ、傍から見れば女子供ばかりの集まり……それを危惧する部分もまた劉鳳にはあった。 だがそんな彼の心配にも、なのはは微笑みながら頷くだけ。 ただそれだけの動作だが、それなのにそれには付き合いの短い劉鳳ですら心強さを抱かせる何かがあった。 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、私たちを信じて」 なのはの言葉に、「……あ、ああ。そう…だな」と劉鳳は視線を逸らしながら曖昧に頷くだけだった。 その奇妙な様子に首を傾げるなのはだったが、劉鳳は伝えたいことは伝えたとそれだけを最後にこちらへと告げて早々に背を向けて行ってしまった。 素っ気無い、と言ってしまえばあまりにもその通りだ。 しかし…… 「……やっぱ似てるんだよねぇ」 その声といい、一見すれば実直だが堅物にも無愛想にも見え、けれど奥底にあるのは強い信念と確かな優しさ。 自身の兄をどこまでも年下のあの少年はこちらへと連想させてくれる。 そう思いながら、なのはは劉鳳の去り行くその背を見送っていた。 「どうかしたか、シェリス?」 「べっつに~、何でもないですよ~」 そうは言いながらも、シェリス・アジャーニの態度は明らかにどこか普段とは違うことは流石に劉鳳にも察せられた。 まぁ、その理由が偶然にも何やら彼が高町なのはと廊下で話しこんでいた姿を随分と親しげそうだなどと勘違いしてのことだとは夢にも思わないだろうが。 兎に角、これから自分たちも別地区にて任務があり赴かなければならないというのに、彼女に不機嫌になられたままでは任務に支障が出かねない。 ロストグラウンドへと磐石の秩序を制定させるためにもどんな小さな任務だろうがミスは許されない。 そんな若き使命感に燃えている劉鳳にとっては微妙な乙女心を察することなど不可能なのだが、それでも任務を全うするためにも聞かねばならない。 「シェリス、君が何をそんなに怒っているのか俺には分からない。俺に何らかの不備があったならば謝罪しよう、よければ今後の為にもその理由を教えてもらえば尚助かる」 そんな言い方で機嫌を直す女など、次元世界中探しても見つからないだろうが、この手のことに機微が皆無な劉鳳には最大限の誠意の言葉の心算であった。 こうやって気遣う言葉を選ぶだけでも慣れない劉鳳には苦心した作業だった。やはり女という存在は難しいと彼は改めて思った。 そして惚れた弱みというやつか、シェリスにしても劉鳳が苦心している様子なのは察することが出来る以上は、これ以上の我が儘な態度を取るわけにもいかない。 不機嫌でいても仕方が無かったので、諦めの溜め息を吐きながら彼女は劉鳳へと答えた。 「……ごめんなさい、私もどうかしてた。……でも、高町さんとは何を話していたの?」 それだけはシェリスにとってどうしても聞いておきたかった知りたいことでもある。 ただでさえ彼と幼馴染みであるという桐生水守という存在だけでも頭が痛いというのに、今度はまた本土からアルター使いの女(それも年上の美人ときたものだ)がやってきたのだ。正直、現状は彼女にとって気が気ではない。 高町なのは。劉鳳にも匹敵する実力を持った強力なアルター使い。 しかも彼女はあの水守同様に本土からやって来ている才色兼備の逸材だ。 ジグマールも、そして劉鳳もその実力を高く評価している相手だ。自分では正直、何から何まで勝てる気がしない。 もし彼も劉鳳に気があるなら、もし無いとしてもこれからもそうだとは断定できない以上、シェリスの憂鬱と不安はここのところ治まる兆しも見えない。 悩み多き恋する乙女であるシェリス・アジャーニにとっては、いっそのことこの堅物に早く自分の想いを気づいてもらいたいとすら思わないわけではなかった。 ……そうは言いつつも、口に出す勇気はやはりこれまで同様に無いわけだが。 そんなシェリスの内心に気づきもしない劉鳳は、ただ彼女に訊かれた言葉により、先程高町なのはと交わしていた会話の内容の核心だけを簡潔に述べた。 「大した事ではない。ただ奴が……カズマが襲撃を仕掛けてこないとも限らないから気をつけるように忠告していただけだ」 正直、劉鳳にとってはシェリスにも水守にも、そして高町なのはにも目に止めている余裕などない。 彼がいつだって見ているのはただ一人だけだ。 ―――そう、“シェルブリット”のカズマ……あの男だ。 自分に名を刻ませた、自分が倒す、自分だけの獲物。 とことんまで気に入らず、存在自体が目障りだが、それでも憎悪などと言った感情を超えた部分での純粋な拘りを誰よりも抱く相手。 劉鳳にとってカズマとはそんな男だったのだ。 「でもいくらアイツでも、彼女たちも相当やるみたいだし大丈夫じゃないの?」 シェリスにとってカズマという男は劉鳳にしつこく食い下がってくるネイティブアルターという認識しか抱いていない。 その実力は認めるが、それでも力馬鹿であることは変わらず、劉鳳が本気になれば敵ではないという認識を持ってもいた。 それに比べれば、下手をすれば本気の劉鳳を相手に比肩しかねないあの高町なのはならば負けるとは思えないと考えてもいた。 それは劉鳳とて同じ、そう考えていたのだが…… 「断定は出来ん。高町は確かに強い、俺もそれは認めている。……が、あの男の驚異的な成長速度もまた侮れたものではない」 決して高町なのはがカズマに負けるなどと思っているわけでも望んでいるわけでもない。 ただ――― 「……ふ~ん、何だかアイツを倒すのは俺だって顔だね?」 その劉鳳の表情から思わずそんな内心だろうと察し、からかい混じりに言ったのだが、 「―――ああ、それを否定する気は無い」 あっさりと認めてしまった劉鳳の言葉には今度は彼女が呆気に取られた。 それこそ本当に、劉鳳はあの男しか見ていないのだという事をシェリスは漸くにも理解した。 それこそ何て皮肉だろう、妬むべきは水守でもなければなのはでもなく、あの男だと言うことらしい。 「……高町さん、さっさと倒しちゃっていいよ」 「ん、何か言ったか?」 思わずポツリと呟いていた本音に、劉鳳は聞き取れずに聞き返してくるが彼女はそれに何でもないと微笑みながら返すだけであった。 そして内心で本気でこうも思っていた。 もしあの二人が遭遇して戦うようなら、彼女には容赦なくあの男を倒してもらいたい、と…… そんなシェリスの他力本願な願いなど知る由もなく、なのはたち機動六課を乗せたトレーラーは、目的の物資も一緒に乗せてロストグラウンドの荒野を進んでいた。 各自には非常時に備えてトレーラー内で待機を命じてはいたが、今のところ何も起きる様子も無く、車内は平穏そのものと言った様子であった。 「ねえ、ティア。この世でやっぱり一番大切なのは速さだと思うんだ」 「はいはい、そういう布教活動は他所でやってよね」 「フリード、瓜核さんの西瓜がすっかり気に入ったみたいだね」 「うん、エリオ君も良かったら食べる?」 スターズもライトニングも、両新人たちは車内にてそんな呑気な会話をしている始末だ。 いくらなんでも緊張感の欠如しすぎで咎めるべき所、と思えなくもないが一見リラックスをしている彼女たちだが次の瞬間にも異変が起これば直ぐ様に対応へと移ることは出来る。 その最低ラインは保った上での行為ではあり、何よりも自身で考え事に没頭していたなのははそれを咎めることはなかった。 なのはが思考に割いていた大部分の事柄は、やはりアルター能力に関してのことだった。 魔法とは明らかに異なるメカニズム、法則性に基づいた超常の異能力。 管理局が稀少技能と呼んできたもののどれとも異なる、多種多様に満ちた神秘の力。 その原理の詳しいことは解明されてはいないらしく、生憎と独自に調査や考察を続けているなのは自身にもその解には未だ至れない。 それでもはっきりしていること、それはやはりこのアルター能力は使い様によっては魔法同様に非常に危険な力になりかねないということだ。 この秩序の失われた大地において、無法の輩がこの能力を犯罪へと用いれば確かに脅威以外の何ものでもない。 故にこそ、ホーリーという存在もまた必要だということはなのはにも理解できる。 これまでのこの組織の活動記録には調べてみれば多少強引なところがあると彼女自身も思うところがあるが、現地組織への必要以上の介入が許されない管理局員としては口を挟むことは出来ない。 だがあのホーリーを率いるマーティン・ジグマールは八神はやて以上の食わせ者であろうことは察せられるが、決して無頼の徒と言う訳でもない。 ある程度の犠牲は容認しても、最終的に目指す部分に人々の嘆きはないはずだ、それを信じられる程度には彼女もジグマールの人格を評価している心算だった。 互いに利用し合う関係、その本質は変わらないが、少なくともホーリーとの間における六課側の協力関係はこれからも維持していくべきだろう。 ジグマールの意図や目的が気にならないわけでもない、だが自分たちは管理局員としての仕事をまず全うすることを優先させなければならない。 それこそが、過去幾度にも渡って起こっているこの世界で発生する次元震の原因究明とその解決、これをしないことには始まらない。 (鍵はやはりアルター、これは間違いないと思う) アルター能力に接し、調査を進めて行く内になのはは己の仮説の信憑性が改めて高くなってきているのではなかろうかと考えていた。 次元震の影響がアルターによるものだとしたら、それは起こしていることは間違いなく人間だということになる。 どうやって、どれほどのレベルで、その意図や目的は……早計は危険とはいえ、この仮説が当たっているのなら、これを起こしている人物とは何者なのだろうか。 その人物はアルター能力の詳細を把握しているのだろうか。 (今は情報が足りない。まだこれからも調べていく必要がある) これは思った以上の長丁場となりかねない。ミッドチルダに残してきた娘との約束を果たすのはまだまだ先となりそうだ。 それを申し訳なく思い、自身でも残念と思いながら、せめて娘が元気でいるように祈ることくらいしか今は出来そうにもない。 ……思考が私事に脱線している、それに気づき改めてなのはは思考の修正にかかる。 とはいっても現時点ではこれ以上の考察は情報不足により望めそうも無い。今は現状の任務に集中して保留としよう。 だが、とふと今回のこの急な任務についてなのはは考える。 物資輸送の護衛、何の変哲も無い管理局の任務でも何度か経験のある任務だ。 実際、警戒こそ絶やせないが問題さえ起きなければ自分たちの出番など殆ど無いと言ってもいい任務だ。 そして現実にこの瞬間においてもまた平穏そのものだ。 (……でもこのまま平穏、何事も無く終わるとは思えない) 無論、それに越したことは無い。……が、あのジグマールが何事も無く終わるような任務などを自分たちに命じるとは思えない。 自分たちがホーリーを利用しているように、ジグマールもまた自分たちを何らかの形で利用しようとしていることは明らか。 部隊長である彼だけは、なのはたちの魔法がアルターと異なるものだということをはっきり知っている。 そしてそれを何らかの別の形で活用しようとしているだろうことは彼女にも察しがついている。 だからこそ、きっとこの任務は何かが起こるはずだと警戒してもいた。 (それに何だろう? この予感は……) そう、彼女の胸の内には今日の朝からずっと正体不明のモヤモヤとした表現することも困難な何かしらの予感があった。 きっと何かが起こる。……それこそ、これからの自分たちに強く関わってくる何か……或いは、誰か。 これが出会いの予感なのだとしたら誰と、いったいこの任務中にどのような人物と――― そこまで考えかけ、咄嗟になのははいきなり立ち上がると運転席へと向かった。 予感がした、来るという予感が。 何かが……或いは、誰かが……来る。 ならばそれは――― (―――襲撃だ!) 経験則と直感、それが弾き出した答えに導かれ彼女は運転手へとハッキリと告げる。 「停まってください。それから早く扉を―――」 開けて、と最後まで言い切るのも億劫になのははそのままトレーラーの扉へと急いで向かう。 なのはのそのただならぬ様子に、新人たち四人の間にも強い緊張が走り指示を待つ待機姿勢へと変わっていた。 上出来だ、そう内心で頷きながら彼女たちには自分が出た後に、様子を見て出撃してくるように命じた。 やがてトレーラーは停まり、重い扉が今にも開きかける。 「―――レイジングハート!」 『Standby, ready.』 扉を潜り抜けると同時に、セットアップを完了し直ぐ様に飛び立ち――― 「うぉらぁぁぁあああああああああ!!」 ―――トレーラーの真上へと叩きつけるように拳を振り下ろし落下してくる男を発見した。 瞬時に、それを遮るように射線に割り込みプロテクションを展開。 男の赤い拳となのはの桜色の障壁が激突する。 未知のパワーとの衝突、その衝撃が間違いなくアルターのものだとなのはは瞬時に理解した。 「邪魔だぁぁぁああああああ!! どけぇぇぇええええええ!!」 男の拳がなのはの翳した手より展開されるプロテクションを突き破らんと勢いを増し更に押し込まれてくる。 だがなのはも負けじとプロテクションに更に力を込め、外部からの圧力を弾き飛ばしにかかる。 両者ともその力は互角と呼んでいいほどに拮抗していた。 凄まじい衝撃が周囲に波となって伝播し、拳と障壁の接触面は火花を散らすように明滅している。 それこそまるでヴィータの鉄槌の一撃を真正面から受け止めているかのような衝撃に突き崩されそうにもなるが、賢明になのははそれを許さずに弾き返しにかかる。 重装型の砲撃魔導師としての自負、それに掛けても容易く目の前の男の一撃に屈するわけにはいかない。 だがそれは恐らく相手にとっても同じ、まさに何ものをも砕くその自負を持って繰り出されているはずの拳を早々に退けるわけがない。 だからこその、これは両者にとっての等しい意地の張り合い。 「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 「はぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!」 不屈の思いが激突し、勝敗を決したのは――― 拮抗を作りヒートアップしていた二人の激突。 それが行われていたのは外界の時間で言えば僅か十秒にも満たない。 突き込む拳と弾く障壁。 矛と盾にも喩えられる激突にも似たそれは、結局両者共に後方へと同時に弾かれるという形で終わった。 つまりはお互い互角、引き分けとも呼べる結果。 無論、それは互いに本気を出し合っての事ではない。先の鍔迫り合いの攻防も所詮は互いにとっては挨拶代わり以上の何ものでもない。 だが両者とも、先の激突により一つの事実を直感的に悟った。 それ即ち――― ……この女、やりやがる。 確かに全力ではなかった、だが打ち抜く心算で放った一撃だったのは確か。 そしてそう決めて打ち下ろした拳であった以上は、その結果はそうなっていなければおかしい。 だが現実にはそうならなかった。相手のアルターの予想以上の堅さを打ち抜くことが出来なかった。 言うなればそれは屈辱。……そう、あの日に劉鳳に味合わされた敗北の味の再現と同じ。 無論、負けたなどとは思っていない。今度は必ず打ち砕く、意地でもそうする。 けれど…… (……手加減できる相手でもねえか) 本気でぶつかるに値する相手、それがカズマの眼前の女に対する偽らざる評価だった。 ……この人、かなりの力だ。 確かに全力ではなかった。だが制限下とはいえ自身の頑丈さには鉄壁に近い自負があった。 重装型の砲撃魔導師として、長所として磨き上げた誇りとも呼べるものであったはずだ。 それが危うく屈しかけた。後少しでも力を抜いていれば確実に打ち破られていただろう。 言うなればそれは脅威。……久しく経験していなかった、自身を脅かすに値する危険性だった。 だが屈したわけではない。まだ自分には余力もカートリッジという切り札もある。 それでも…… (……油断は即敗北にも繋がりかねない) それだけの力量を有している、それが高町なのはの眼前の男に対する本心からの評価だった。 ロストグラウンドの反逆者と時空管理局のエースオブエース。 互いに不屈の信念を持つ両者の初会合による激突とその結果。 そして抱いた互いへの評価。 皮肉と言って良いほどに、それは酷く似通ったものだった。 だがこうして、遂に――― ―――遂にこの大地の上で、二人は出会った。 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 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「カズくんと一緒にこんなにゆっくりするのって、久しぶりだね」 「そうだっけ?」 「そうだよぉ」 そんな会話を交し合うのは二人―――カズマと由詑かなみである。 今日は二人で少しばかりの遠出でやってきたピクニック………まぁ先日から色々と続いていたギスギスとした問題が一応の目処がつき解決したことを祝してやってきたというわけだ。 とはいえあの一連のなのはとも関わる一件。結局はその真実をカズマはかなみには説明していない。 いつか話す、そんな口約束を交わした程度なのが現状だ。 けれどかなみはそれでも良いと頷いた。いつか話してくれる時がきたら話してくれればそれでいい。それがかなみが出した結論であるらしい。 或いは、何かを察しているのかもしれないなとカズマは密かに思っていた。学はなかろうとそういった事に関しては彼女は鈍くも馬鹿でもない。 だからこそ何かを知って、そして遠慮しているのが真相かもしれないとはカズマも思っていたのだ。 それでも憂うことは無い。かなみを巻き込む心算など一切ないのだ。いつかこの問題は自分の手で解決して終わらせる。ただそれだけのことだとカズマは決めていた。 ―――かなみだけは護る。 ホーリーからも、なのはからも。 ただそれだけのことだと誓い、固く拳を握っている自分がいた。 「………ねぇカズくん。市街の人たちがこっちの方に来てる噂って知ってる?」 そう何処か不安げな様子で唐突に尋ねてくるかなみ。 彼女が指す市街の人とはなのはの事を言っているのではない(少なくとも彼女の視点では)。 かなみが指す市街の人とは再開発を名目に最近になって活動が活発化してきたホールド………ホーリーを指して言っているのだ。 基本的に引っ込み思案で気が弱い、けれど優しい少女だ。だからこそホーリーに対しては人一倍の恐怖を抱いているのだろう。 尤も、そんな恐怖を抱いているのは何もかなみに限ったことでは無い。この辺りに住んでいる大抵のインナーたちもまた同じだ。 狼藉を働くネイティブアルターと同じレベルで、ホールドやホーリーは一般のインナーからすれば明確な暴力と恐怖の象徴なのだ。 今、誰もが不安になってきている。かなみも例外に漏れずその一人ということに過ぎない。 「………ん、ああ」 「………ちょっと、怖いな」 歯切れの悪い受け答えをするカズマから目を逸らし、遠くを見つめながらやがてかなみはポツリとそう呟いた。 不安を顕にしたまごう事なき少女の本音だっただろう。 沈黙が流れる最中、やがてカズマはチラリとかなみの表情を窺いながら意を決して言葉を投げかける。 「かなみ、俺たちが何か悪いことしたか?」 そうかなみへと問いかけるカズマ。 確かに後ろ暗いことなら自らの言葉通りカズマは幾らでもしてきた。犯罪に手を染めてきた事実とて懺悔をする気は毛頭なくも突っぱねて事実から逃げようとは思わない。 ………そう、少なくとも自分ならばだ。 「何もしてねえだろ? だったら心配することねえって………なっ?」 だがかなみは何も後ろめたいことなどに手を染めず真っ当に生きてきた。 不安に怯える必要も、自分が悪いなどと感じる必要も一切ない。 ただ胸を張って生きていればそれでいい。少なくとも、彼女にはそれが許される立場だ。 それを分かって欲しかったから、カズマはあえて気楽な態度で彼女に自信を持たせ不安を払拭させる為にそう促がした。 それがかなみにも伝わったのだろう。 「―――うん! そうだよね」 元気良く嬉しそうに頷いた。 彼が一番見たくて護りたかった、その笑顔だった。 それに満足して安心しているとそこにいきなり聞こえてくる猫の鳴き声。 視線を向ければ直ぐ其処に一匹の野良猫が近寄って来ていた。 「あ! ミーミーだっ!」 「………あ? ミーミー?」 「今付けたの!」 そう言いながらかなみはその野良猫(彼女命名ミーミー)の元へと嬉しそうに駆け出していった。 その辺りは無邪気というか子どもっぽいというか、歳相応だ。 まぁ子どもらしくてよろしいと何処か微笑ましげに見守りながらカズマは納得した。 「ほら、カズくーん!」 嬉しそうに笑いながら野良猫を持ち上げそれをこちらに見せてくるかなみ。 それにカズマはおざなりにならない程度の態度を見せながら右腕を振ってやり………途中で止めて右腕を凝視し始めた。 右腕を隠す服の袖を引っ張る。そこには明らかにアルターに侵食された痕跡がハッキリと残っていた。 シェルブリットのパワーアップとその使用の代償。 アルターの森で戦った両腕に雷を纏う謎のアルター。 そしてスバル・ナカジマ、高町なのはといった本土のアルター使いとの激闘。 都合三度の使用は消えない証となって残ってしまっていた。 「………まぁ、これっぽっちで背負えるなら安いもんさ」 小さく、自分以外には聞き拾えないような呟きを漏らす。 事実、この程度の代償には今更後悔など抱かないし、これからのこの力の使用だって躊躇う心算は毛頭ない。 全ては目の前の少女を、気の置けない相棒を、そして自分が関わり背負うと決めた者たちを護る為に得た力だ。 この力があれば護れる。気に入らない奴らだってぶっ飛ばせる。 ホーリーも、劉鳳も、そして高町なのはも。 壁として立ち塞がってくるってんなら問答無用で叩き壊すだけだ。 そんな決意を猫と戯れる少女の笑顔を見つめながら、改めて誓うと共にカズマは立ち上がった。 これからの行く末を暗示する予兆か、少し強い風が吹き始めていた。 魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed 第4話 スーパーピンチ 初回の赴任早々の捕り物劇以来、今までデスクワークばかりに回されてきたヴィータに漸く回ってきた外地を回る任務。 これで公然となのはを誑かす原因―――NP3228ことカズマをぶちのめせると思っていた期待と喜びは現在最悪な気分で一杯となっていた。 その理由は任務に携わる際に作戦行動を共にすることとなった同行者が原因だった。 彼女の同行者は二人。 一人は元々の部下でもあるスバル・ナカジマ。別にこちらは何も問題ない、というより別に不満を抱く相手でもない、しっかり面倒を見ねばならない後輩だ。 問題はもう一人………こちらの方が問題だった。 「私が貴女達に同行するからにはもう安心ですよ。このエマージー・マクスウェル、またの名を“崖っぷちのマクスウェル”が全身全霊で貴女方をお守りしますから」 などと良く回る口で言ってくるひょろりとした何処となく頼りの無さそうな青年。 その紹介の通りホーリー隊員の一人であるらしいエマージー・マクスウェル。 この男がヴィータを最悪な気分にさせてくれている元凶だった。 「お前さ、大口叩くのは勝手だけど自分が足手纏いだって自覚があるか?」 そろそろ忍耐も限界に達しかけてきたような口調で冷たく告げるヴィータ。スバルはそんな態度のヴィータをまぁまぁと宥める他にない。 ヴィータが苛立っている理由はその彼女が言った言葉通り故にだ。 ハッキリ言って使えない。 それがヴィータの、そして失礼ながらも密かにスバルもまた思うエマージーへの評価だった。 それはそうだろう。アルターをトンデモ能力ではあるものの味方としてならば信頼してもいい頼りになる能力だとヴィータはそれなりに評価をしていた心算だった。 それは勿論、劉鳳や瓜核、イーリィヤン等のアルターを見てそう思っていた。 この男も最初に同じような大口を初顔合わせの際に言ってきたのだ。ならばさぞその大口に見合った能力を披露してもらえるのだろうとヴィータは高く期待していた。 だが結果はまったくの予想外。 試しに三人一組のチームとして本隊から分かれてネイティブアルターのチームと交戦する機会が早速訪れた。 ヴィータはネイティブアルターたちがそれぞれのアルターを顕現させて向かってくるのと同様にエマージーもまたその自慢のアルターを披露してくれると疑っていなかった。 だというのに、結果はなんとアルターも発動せずにただ一方的にボコボコに袋叩きにされるエマージーを目撃することになった。 ………あれ? こいつってホーリー隊員じゃなかったっけ? 当然のように、ヴィータはそんな疑問を落胆と同時に抱いた。 けれど本人はアルターも発動させずにただボコられているだけ。ついでに何故かスバルの方までネイティブアルターを相手に普段とはかけ離れたほど動きが悪い。 結局、その戦いはヴィータが三人分の奮闘を示し、三倍疲労するというふざけた結果で幕を閉じた。 戦いが終わった後、当然ヴィータは大口を叩いた割には何も出来ていなかったエマージーにどういうことかと締め上げて聞き出した。 それに対して本人曰く、 『私はその名の通り崖っぷちのピンチに陥らなければアルターが発現しないのです』 その言葉の瞬間から、エマージー・マクスウェルはヴィータの中で戦力外通知を叩きつけた対象となった。 当然だろう、そんな綱渡りみたいな安定性の欠けた能力をどうして信頼できる? どうして命を預けることが出来る? 出来るわけがない、少なくともヴィータはゴメンだし、大切な部下たちにもそんな危険なものに命を預けさせるなど許さない。 それは恐らくなのはとて当然に思うはずのことだ。 だからこそ、もはやヴィータはこの男を戦力としてカウントしないことに決めた。 そしてスバルの不調(?)も気になる以上、彼女に無茶はさせられない。 ならばやはりカズマとは自分一人で戦うしかない。 ………まぁ、それは別に良いのだが。 「さあさあ、もう直ぐあの男が出没するであろうポイントに着きますよ」 そんな事を言って先頭に立ってリーダー面している使えない男―――エマージーを務めて無視しながらヴィータはスバルへと視線を向ける。 やはり何処か浮かない顔をしたまま、本当に調子が悪いのかもしれない。少し心配になってきていた。 「スバル、調子が悪いなら無理するな。あの野郎とはあたしが戦う。お前はあの使えない野郎を護って下がってればいい」 一応ヴィータなりに気を遣って言った言葉だったのだが、しかしスバルはそれに弾かれたように振り向きながら慌てて首を振ってくる。 「い、いえ! 私は大丈夫です! それよりあの人とヴィータ副隊長が戦うなんて―――」 「何言ってんだ、あの野郎をふん捕まえる為にあたしたちは出張ってきたんだろうが」 「その通りですよ。あのNP3228を打倒する為に、この私―――“崖っぷちのマクスウェル”がこうして出向いてきたのですから」 「………お前はもう良いから隅で大人しくしてろ」 いきなり会話の最中に図々しくも割り込んできたエマージーをヴィータは蝿でも追い払うような仕草であっちに行ってろと追い払った。 まったく使えないくせに自分を戦力だと過信している馬鹿ほど友軍に有害な存在はいないとヴィータは改めて思った。 まぁ、本当にエマージーはどうでもいい。死なせなければ、とりあえず大怪我させたとしても任務による負傷だと言い訳が立てられる。流石に死なせると問題………でもあるし、寝覚めが悪くなるのでその辺りにだけは最低限気を遣っている。 問題はこんな男の事ではなくスバルだ。それこそこのままじゃ任務中にヘマをやらかしかねない。 八年前のなのはの一件………それを引き摺っているヴィータとしては任務の同行者に兎角気を遣っていたのだ。 「………まぁ兎に角、無茶だけはすんなよ」 最後にそれだけ気を遣って告げながら、ヴィータはそのまま彼女より先に進み目的のポイントへと向かうことにした。 そう、イーリィヤンの“絶対知覚”が予測した次にカズマが現れるであろうポイントへと。 もう直ぐ顔を合わせたこともない敵視し続けてきた相手に会えるかと思うと、やはり緊張感と共に高揚は隠しようがなかった。 「………ところでよ、その背負っている袋は何だよ?」 「これですか? フフフ、まぁ後のお楽しみということで」 「………なんだそりゃ」 自分の先を歩くヴィータとエマージーが交わしていた雑談のような会話を聞くともなしに聞き流しながら彼らの後に続くスバルの表情と足取りは重いものだった。 其処に正義はあるのか? あの橘あすかとの遭遇、そしてそれ以前に見せた劉鳳の………否、ホーリーの容赦のないやり方に彼女は益々その疑念を強めていたのだ。 今の自分たちがやっていることは本当に正しいのか? これで本当に多くの人たちが幸せになれるのか? もう誰も泣かないで、笑顔に戻ることが出来るのか………? 分からない、本当に分からなかったからスバルは悩んでいた。 ティアナは己の立場と任務を忘れるなと言った。それは分かっている。自分は管理局員、次元世界の問題事を解決し、調停するべき役職にあるものだ。 無論、その己の職業には誇りを持っているし、今回の本当の任務だって必要なことだとわかっている。 ………けれど、この任務は? ホーリーと協力し、ホーリーを支援する。 本来の任務とは別に課せられた任務。だがこの任務でしていることは正しいのか? この任務は皆の笑顔を護れているのか? ネイティブアルター狩り、回転留置場、本土への検体移送。 その全てが、本当に誰かの………力無き者たちの笑顔を護ることに繋がるのだろうか? どうしても確信が持てず、繋がるとは思えないからこそ、スバルは悩んでいた。 それこそこの任務への出動前、スバルはなのはへと意を決してこの悩みを打ち明けた。 この現状、そして桐生水守や橘あすかとの会話を交わして自分が思ったこと。 それらを全て、恐る恐るではあったがなのはへとスバルは打ち明けたのだ。 そのスバルの打ち明けをなのはは真剣に聞き頷き、最後にこう言ってきた。 『………じゃあ、スバルはこれから私を信じられる?』 真剣に問うてきたその言葉に、スバルは迷わずに頷いた。 ずっと憧れ続けてきた自身の目標でもあり、かつての命の恩人でもある恩師。 時には凄く厳しくもあるが、それでも本当はとても優しいなのはさん。 彼女の言葉なら、スバルは信じることが出来た。 だって彼女はずっと自分の進むべき道を照らし続けてきてくれた存在なのだから。 スバルが本気で彼女を信じていることが伝わったのだろう、なのはも頷くスバルをやがて真剣に見つめた後に、 『………分かった。じゃあスバルも私と一緒に戦おう』 任務から戻ってきたら話がある、そう言ってなのはは自分を送り出してくれた。 なのはの話とは何だろうか、それだけが今スバルが一番気になっていたことだった。 あれ程真剣ななのはを見たのは、それこそJS事件の最終戦の際に自分たちを信じて送り出してくれた時以来だった。 あの時と同じように、なのはは自分を信じてくれている。信頼していてくれている。 その事実が凄く嬉しく誇らしげなのと同時に、だからこそ気になっていたのだ。 ………なのはさんは、いったい何をする心算なんだろう? 「それでなんとか仲直りは出来たってわけか?」 「………ああ、まぁな」 カズマがかなみと暮らし寝ぐらといている廃墟と化した歯科医院前、そこに停められている型遅れの車は彼の相棒である君島邦彦の現在の愛車である。 現在、カズマはその君島の車へと凭れかかりながら運転席に座っている君島と会話をしている最中だった。 話題は先日からのかなみとの一件について。一応この男にも事の相談を持ちかけていた手前、顛末を聞かせろと君島がしつこく言ってきて仕方が無かったからだ。 「そうか。いやぁ、俺も一肌脱いだ甲斐があったってもんだ」 「………一肌脱いだって、お前何かしたかよ?」 「したじゃねえか! 相談乗ってやったし、アドバイスだってしてやっただろうが!………だいたい俺が考えてやった上手い言い訳でかなみちゃんの機嫌が直ったんだろう? それをまぁこの恩知らずは―――」 やれやれだと大仰な溜め息を吐く態度も顕に君島はカズマに不満をぶちまける。 こちとら乙女心の“お”の字も解せないような甲斐性無しのロクデナシ、ついでにクズの朴念仁に色々と気を利かせてやったフォローをしてやったというのに、それも直ぐに忘れてこの態度とは………本当に相棒としてどうよと君島は本気でウンザリしかけていた。 だが君島のその脱力すら次にカズマが言ったトンデモナイ言葉に打ち消されることになる。 「………あぁ、お前の考えてくれた言い訳か………悪い、そういやそれ結局使ってねえや」 それこそ鳩が豆鉄砲喰らったような顔、というやつを今の自分はしていたのではないかと君島邦彦は後に振り返ってみて思う。 それ程に、何言ってんですかコイツは? がこの時の君島の本音だった。 「ちょっと待てぇ! お前、あれ程俺が親切にお前でも言えるくらいに簡略し且つかなみちゃんの機嫌も直せるようなナイスな言い訳を考えてやったってのに………使わなかったたぁどういう事だよ!?」 それこそ運転席から飛び出してきて噛みつかんばかりの勢いで問い質してくる君島の迫力には流石のカズマも五月蝿げに耳を塞ぎながら眉を顰める。 確かにカズマは君島に相談に乗ってもらった後、彼からどうすればかなみの機嫌を直すことが出来るか、その当時の失敗をフォローするだけの素晴らしい言い訳(嘘)を色々と捻出して貰った。 それは物覚えの悪いカズマですらも何とか覚えられて言え、そして肝心のかなみの機嫌も取り直せるような、そんな画期的とも言える言い訳だったはずなのだ。 それこそ君島にしても本来ならば自分が憧れているあの寺田あやせに想いを伝える時のためにとって置いたようなとっておきに更に其処からああでもないこうでもないと改良を加えた最終兵器の口説き文句だったはずなのだ。 それを使わなかった? 「………お前さ、ふざけてる?」 「ふざけちゃいねえよ。………ただ、状況が変わって使う機会も無かったっつーか、ただそれだけだ」 何となくだがどんよりと途轍もなく重い空気で尋ねてくる君島の迫力に気圧され、カズマも若干罰が悪いといった態度でそう言い切る。 それを聞き、そしてそのカズマの態度を見てそれこそ君島は脱力してハンドルに凭れかかった。 「………何だよ、それじゃあ結局雨降って地固まる程度の痴話喧嘩かよ。………ハァ、アホらしい。それじゃあ俺の努力は全部無駄かよぉ」 やってらんねえぜとばかりに愚痴愚痴と不貞腐れた文句を零す君島にカズマにも漸くに罪悪感の一つも芽生え始めた。 とはいえ、此処でこの相棒を宥めすかすような上手い口回りが発揮できていればそもそもかなみとギクシャクせずに済んだのだが。 結局、今回も君島にどうフォローすれば良いか分からなかったカズマは、 「そ、そんなことよりホーリーだ、ホーリー! 奴らの情報はどうなってんだよ!?」 手っ取り早く話題の変更を提案した。 そのカズマの機転が功を奏したわけでもなかったが、それでもホーリーという目下の話題へと切り替わったことにより多少のモチベーションの持ち直しが君島の中にあったようだ。 「………駄目だな。色んな情報が入り混じって、どれが本当の情報か分かりやしねえ」 尤も、こっちもこっちで君島としてはあまり面白くも無い話題らいい。 まぁ事情通で通っている彼としても、真偽も定かでない情報が混在する現状というのは不安であると同時に不気味とも言えるのだろう。 君島とてここ数日の間決してフラフラと遊んでいたわけではない。これからのカズマと一緒の連中への大喧嘩に備え、せめて情報面でくらい有利に立ちたいと手間隙を惜しんで情報を自らで拾い回っていたのだ。 その結果がこうもパッとしないものでは、これまた面白くは無いのも当然だ。 だがそんな君島の事情はどうであれ、とりあえずは相棒がやる気を取り戻し、話題も真剣なものへと変わってきたので、ならば自分もとカズマは頭を切り替え意見を出す。 「だったらお前の知ってる話の、上から三番目を教えろ」 当然いきなりそんな中途半端な事を言われても君島とて咄嗟に「はぁ?」とでも首を傾げることしかできない。 だがカズマはそれにすら気にした様子も無く、そのまま勢いに乗って彼の車の助手席へと転がり込みながら、 「こういう時はな、行き当たりバッタリの方がいいんだよ」 そう告げてしれっとした態度で早速に車の座席に身を沈める。 カズマのその態度に君島はそれこそ珍しげに感心したような態度を見せながら尋ねる。 「へぇ~、誰に教わった?」 その君島の問いにカズマはそれこそ自信たっぷりな態度でニヤリと笑いながら、 「―――俺、だ」 ハッキリとそう告げた。 君島はそれこそ一瞬呆気に取られたような態度を見せたものの、直ぐに何かを悟ったように可笑しそうに笑い始める。 そして――― 「ハハハ、お前らしいな。―――んじゃあ、元気良く行くか!」 景気付けといわんばかりに勢い良くギアを上げアクセルを踏む。 それを境にカズマと君島、二人を乗せて停まっていた車はそれも終わりよとばかりに軽快に走り出していった。 丁度その瞬間、表へと出てきてまた仕事をサボって何処かに行くカズマを見て文句を言っているかなみを置き去りにして……… 「直接、問い質す………?」 高町なのはが驚いたように呆然と確認してくるその言葉に桐生水守はハッキリと頷いた。 「そんな! 危険すぎるよ、水守さん!」 バンッとそれこそ勢い良くテーブルを叩いて身を乗り出して言ってくるなのはに水守は周囲の視線の事を促がして彼女を宥める。 ホーリー専用のレストルームの一角、今は多くのホーリー隊員が現地に出払って閑散としたものとなっていたが、それでも少なからずの人員は本部に残っているし何処に監視の目や聞き耳を立てられているかも分からない。 故にこそ、あまり二人で話し合うこうした密談の際には周囲へと最低限の注意を払うのが自分たちで課した取り決めでもあった。 ………尤も、イーリィヤンの“絶対知覚”のような能力がある以上はこんなことをしたとて無意味であるのはどちらにも分かりきっていたことだったが。 なのはにしても水守にしても、自分たちの動向は既にジグマールに筒抜けであり、そうでありながらも今は泳がされているだけなのだろうということは察しがついていた。 無論、それはあの男が情報のほぼ全てを絶対的と言って良いほどまで取り締まり、把握しているという圧倒的なアドバンテージから来ている余裕なのであろう事は分かっている。 経験も駆け引きも、所詮はまだ小娘に過ぎない二人ではあの老獪な男には決して敵うべくないことは理解している。 だが余裕を相手が持っていられる内は少なくとも裏返せば油断をしているのとも同じだ。 其処こそが付け入るべき唯一の隙であり、そしてその機会を見誤ることだけはしてはならないともなのはは考えていた。 やるからには好機を活かした相手に反撃も体勢を整えさせるような隙も与えずに終わらせる一撃必殺、それを狙うべきなのだ。 だがそれを狙うには現時点では余りにもこちらの準備は不完全だ。これでは決して成功せず勝てないという確信がなのはにはあった。 だからこそ今回の水守の言い出したことは機会を見誤った早計過ぎる行動だとなのはは彼女を説得しようとしていたのだ。 しかし――― 「………恐らくは高町さんの仰るとおりです。今の私の取ろうとしている選択はみすみすあるかもしれない好機の芽を自らで摘み取ろうとしていることなのでしょう」 その自覚は充分にあると水守は告げ、なのはも彼女が本当にそう思っていることは理解できている。 だがだからこそ解せない。冷静な行動を試されている今、その冷静な行動を本来ならば取れるはずの彼女こそが感情論で動こうとしている。 そしてそれは一歩間違えれば文字通りの身の破滅にだってなりかねない危険な行動なのだ。 自分のように魔法が使えるわけでも、この世界の特殊能力であるアルターを使えるわけでもない生身の人間に過ぎない彼女が取るにはそれは無防備すぎる。 そしてそんなことは全て理解しているはずの彼女が、敢えて理解しながらもそんな行動を取ろうとしている。 それは不合理且つ無謀過ぎる。そしてそれが分かっている以上は見殺しそのものにもなりかねないそれを高町なのはは見過ごせない。 だからこそ彼女のこれからしようとしていることを思い留まらせようとなのはは必死だった。 「今行動を起こすのは単なる無謀だよ。今は確信を得られるだけの情報を集めて、私たちに賛同してくれる仲間を募るべき時だよ。………まだ私たちは何の準備も整っていない状況なんだし」 そしてその力も無い。 二人だけで協力しこうして零から始めてそれは両者ともに改めて実感していることでもあったはずだ。 だからこそ、これからなのだ。これから自分たちが掲げた目的の為にも戦わなければならないのだ。 そしてその雌伏に耐えるべき準備期間こそがこの時だ。 「………スバルがね、あ、私の部下のことだけど………一緒に戦ってくれるって。まだちゃんと事情は説明できてないけど、それでも彼女なら賛同して戦ってくれるはずだよ」 そして他の六課のメンバー、ホーリーの隊員たちの中にだってきっと自分たちに賛同して共に力を合わせてくれるものだっているはずなのだ。 今はそのそんな協力者たちを見つけ出し、手を取り合って理解を深め合っていくべき時なのだ。 それらの何の準備も無いままに行動に移れば………結果は、明らかだ。 だからこそ――― 「もう少し………もう少し、皆を信じて待とう。水守さん」 ―――今はただそんな言葉を言うことしか出来なかった。 桐生水守にとって高町なのはは未知なる存在であったのと同時に、初めて出来た理解者であり仲間、いや同志であった。 切っ掛けはそれこそあの時、あの正体を見極めようと探りを入れたのが始まりだった。 アルター能力の研究者であり専門的知識に長けていたが故、水守は彼女たちが扱う力がアルターとは似て非なる別種の能力であることを看破した。 無論、今まで自分を含め世間に認知されていたアルター能力の更なる発展系という可能性も無くは無いことは理解していたし、なのはにもそう論破される可能性があることも覚悟していた。 それ程に水守とてアルターという未知の力の本質を未だ掴みきれていないのが現状だったからだ。 だが彼女たちは違う、そう感じてしまったのは確たる証拠などがあったからでもない。 それこそただの直感に過ぎなかった。別にその上に科学者のとか女のが付くわけでもない、それこそ本当に単なる直感だった。 ただ同じ世界に住んでいる人間のようには思えない。 彼女たちは自分の知らない、それこそもっと遠くて別の世界からこの世界に来たのではないのかと思ってしまったのだ。 人はそれを単なるロマンチシズムとでも言うのかも知れない。仮にも己とて末席に連なる程度の研究者の端くれとはいえ、己の考えをどうかと疑いもした。 けれどそれでも、水守は聡明であったのも事実ではあったがそれ以上に夢や人間の情というものに重きを置き無視できない性格でもあった。 研究者としては本来ならば不向きな性格だろうという自覚も少しはあった。 そんな彼女の目の前に、ある日その夢のような魔法使いたちは現れたのだ。 異世界から来た魔法使い。 自分たちの正体はソレだと高町なのはは水守に告げた。 それこそ本来ならば妄言と切り捨て、鼻で笑うであろう胡散臭さだ。 けれど、それを桐生水守は信じた。 無論、抵抗が無かったわけではない………が、彼女たちの操る力―――自称『魔法』がアルターとは源泉からしてあまりにも異なる能力であると言う証拠もあった。 それに真剣に話し、信じてくれるかと問うてきた相手の言葉を確たる否定材料もなしに否定することを水守はしようとしなかった。 だからこの人たちは、その彼女たちの言葉通りに『魔法使い』なのであろうと認識した。 「………貴女はこの世界を………いえ、この大地をどう思いますか?」 自分は異なる多くの世界を見てきたと高町なのはは言った。 それが所謂ところの平行世界と呼ばれるものなのかどうかは水守には分からない。けれど、その彼女のその言葉を信じ、ならばこの大地がどう見えるのかを率直に聞きたかった。 水守のその問いに対しなのはが示した返答はそれこそ彼女の予想外のものだった。 この世界は自分の生まれた育った世界と殆どが同じだが、この大地だけはまったく異なる未知のものだと、彼女は言った。 何でもかつて神奈川と呼ばれた一部地域を含むこのロストグラウンド、かつての日本の一部であり、今は独立自治の名目が謳われる失われた大地。 なのはもまた幼少時に同じような歴史を辿った日本に住み、しかしその世界では大隆起は起こらなかったという。 故にこそ、彼女の生まれたこの世界とも極めて似た世界はロストグラウンドもアルターも存在しないと言う。 それこそ水守にとってそれはifの世界であり、興味を注がれたのも事実だ。 あって当然、あるのが当たり前のものが無いどころか、ある方が異常という世界。魔法とやらも大概だとは思うが、それでもやはり興味深い。 そう桐生水守は高町なのはの世界の事を思った。 けれど逆になのはの方はと言えば……… 「あまりにも私たちの世界と同じだからこそ、尚更に同じじゃないこの大地には色々と思うことがあるよ。………けどね、やっぱり考えていることはいつも同じかな。 此処は同じだけど違う、でも違うからこそ―――」 ―――この大地で、自分が出来る事とは何なんだろうか……… そんなことばかりを考えていると言う。 赤の他人が住むまったく知らない大地でも、それでもその大地に住んでいるのも同じ人間なのだから。 そんな人たちを助ける為には何をすれば、どう戦えば良いのか。 ………そんなことばかりを考えるのが多い、と彼女は言った。 その言葉を聞いたからこそ、この人だと桐生水守は思ったのだ。 初めて同じ想いを持っていることが分かった、異なる世界の魔法使い。 この大地に外から来た余所者。 だが所詮は異邦人に過ぎないとしても、それでもこの大地に住む人々の行く末を真剣に案じることが出来る者同士。 この人となら、同じモノを見て、同じ理想の為に戦えるのではないかと思った。 そして手を取り合って欲しい事を頼み、現在にまで至るのだった。 そんなある意味では劉鳳以上に信を置いている同志である彼女。彼女の言葉だからこそそれも正論であり聞き入れたいとも思った。 けれど――― 「………すみません。それでも私は―――」 ―――此処で止まれない、待つことは出来ない。 そうなのはへと頭を下げた。 確かになのはの言い分は尤もだし、自分は焦りすぎているという自覚もある。 けれどこのまま時間をかけて手を拱いたまま待ち続けるということは水守には出来なかった。 自分が作成したアルター能力者判別のデータが書き換えられていたこと、捕獲されたアルター能力者の移送先や乗員名簿すらも抹消されていることなどの理由もある。 このまま準備を整えようと慎重に画策したところで自分たちのソレは全て筒抜けであり、ジグマールの掌で踊っているようなものだという懸念もある。 そしてそれ以上に――― 「………待ち続ける間にも、準備を整えようとする今にすら、この大地に住む多くの人が犠牲になっている」 それが見過ごせなかった。 だがそれすらも本当の建前であることを桐生水守は自覚していた。 ………そう、そんなものはただの建前に過ぎない。 本当に自分が思っていたこと、それは――― 「―――私は、まだ信じたいんだと思います」 自分が生まれ育った本土を、マーティン・ジグマールという男を。 そしてそれ以上に………己の想い人がその理想と正義を捧げているホーリーという組織自体を。 非常に愚かで馬鹿げた判断であることは承知の上で。 それでも、それを信じたかった。………信じたかったのだ。 「ホーリーは此処に来たのか!? どうなんだよ、早く答えろよ!? おい!?」 それこそ詰問を通り越して尋問のような勢いで向かった情報先の町の門番へと迫るカズマ。 それを見ている君島自身とて流石のその態度はどうかと呆れること少々。 されど、当の問い詰められている門番の中年の男たちの方は素知らぬ態度を崩そうともしていなかった。 それどころか、 「お前みたいな無礼な奴に教える気は無い」 目も合わそうともせずに追い払うかのようなそんな態度で言ってくる始末だ。 流石ににべもないその態度に苛立ったのだろう、遂には胸倉を掴みかかり怒鳴るカズマ。 「ふざけんな! 状況分かってんのか!? ホーリーの奴らが―――」 「―――来るわけないよ。こんな土地に」 「何だとっ!?」 いい加減連中とカズマとのやり取りをウンザリしたような態度で見守っていた君島ですら、 「もうやめようぜ、カズマ」 と言い出す始末だった。それ程にこの町には自分たちがありありと拒絶されているのが理解できたからだ。 「そんなに連中を敵視しなくても良いだろう」 鼻を鳴らしながら不満そうに言ってきた相手の言葉に、それこそ今度は鼻を鳴らしながら何を言っているのかと相手を睨みつける。 「なに能天気な事言ってんだ! おっさんよぉ!?」 それこそそのまま不毛なやり取りに、いい加減にカズマの堪忍袋の緒が切れそうにもなった瞬間だった。 「―――あ! 玩具のお兄さん来てる!」 一人の子どもがそう叫ぶと同時、周りにいた大勢の子どもたちもまたそれに歓声を上げながら一斉に走り出した。 その様子をわけも分からず見送ったカズマと君島は再び互いの眼が合うと、 「………何だぁ?」 「行ってみっか。玩具だってよ」 そうやって意見の一致を持って子どもたちの後を追って駆け出した。 無論、門番をしていた中年の男たちが慌てたように背後から制止の声を上げていたが当然の如く無視。 此処まで来て何の収穫もなしに帰れるはずなどなかったのだから。 「そんなに押さないでくれよな、数はまだまだあるし、私は逃げも隠れもしないよ」 そう言いながら集る様に寄って来る子どもたちに背中に背負った袋から玩具を取り出し渡す男が一人。 ホーリーに所属するアルター使いの一人、エマージー・マクスウェルである。 彼が今行っていることはそれこそサンタクロースの真似事かと最初はヴィータも思った。 こんな辺境の町にまでやって来て、何をするかと思えば背負ってきた袋の中の玩具を子どもたちへとプレゼント。 まぁそれ自体にヴィータは特段に文句をつける心算は無い。否、少しだけエマージーのことを見直したと言っても良いだろう。 戦力としてはこの男、まったくと言って良いほどの足手纏いだ。だが子どもを相手に玩具を与えて喜ばすと言うその姿、その発想はある意味ただ戦う以上に価値がある。 無垢なる子どもたちの笑顔を護る………ああ、そうさ悪くない。 「何だよ、ホーリーにも良い奴はいるじゃねえか」 「ええ、そうですね」 ついつい少しばかり群がる子どもたちに玩具を与えるエマージーの姿が微笑ましく零してしまった呟き。 隣で同じように眺めているスバルもまた何処か嬉しそうであった。 ………そう、少々過酷な環境下で戦いに触れ過ぎていて忘れていたが、自分たちはそもそもああいった子どもたちの笑顔を護ってこその管理局員なのだ。 エマージー・マクスウェルという男の評価を、ヴィータは使えない男から案外にも良い奴と上方修正しておくことにした。 「………けどよ、コレと任務は別物だってのも事実だ」 まぁエマージーがこのまま子どもたちに玩具をプレゼントしておくのは別に良い、何の問題だってない。 元々戦うのは自分だとヴィータは決めている以上、標的が現れれば進んで自ら戦いもしよう。 けれど、それも現れればの話だ。 「イーリィヤンの奴が予測を立てたポイントは此処だって話だが………本当に奴は現れんのかねぇ」 零すヴィータの言葉は大いに懐疑的だった。 さもあらん、ここ数日この近辺を中心に張り込んではいるが一向に件の標的は姿を見せない。 このままではそれこそ辺境の町でボランティアを行っただけだった、などという結果にだってなりかねない。 ………まぁボランティアを否定しようとは思わないが、それでもそうなってしまえば大きな肩透かしとなってしまうのも事実だ。 だからこそ――― 「出てけって何だよ! 相手はホーリーだぞ!? 何考えてるか分からねえ奴らに好き勝手させとくのかよ!?」 ―――そんな怒鳴り声が聞こえてきた先、振り向いてみれば間違いなく当人だと思われる標的が存在したことに、ヴィータはそれこそ衝撃と安堵を同時に覚えた。 「………スバル、あいつで間違いないよな?」 「………え、ええ、そうです。………間違いなく、カズマさんです」 ヴィータの確認の問いにスバルもまたえらく驚きながら頷いた。 ………そうか、アイツがそうなのかとヴィータは改めてカズマを見る。 確かに資料にあった写真、撮影された戦闘映像、それらに映っていた姿に間違いの無い容姿だ。 ………いや、更に鋭さの増した刃物。ギラついた凶暴な獣のような奴だと思った。 まぁそんな印象はこの際どうでもいい。要はアイツが――― 「―――アイツが、なのはを誑かしてやがる張本人ってわけだ」 ただそれだけで、己には敵対視するに充分な理由だった。 それこそ眼前の光景は意味不明と言ってよかった。 どうしてホーリー野郎がガキ共に玩具何ぞ渡しているのか。 そしてどうしてガキはおろか大人も含めてこの町の連中はホーリーを受け入れてやがるのか。 ハッキリ言ってカズマにはサッパリ訳が分からなかった。 だからこそ怒鳴り、問い質した。 けれど返ってきた返答はそれこそカズマには理解しがたいものでしかなかった。 「色々と援助もしてもらっとるし、子どもたちも喜んどる。ハッキリ言ってあんた等の様な連中に来られても迷惑なんだ」 理解不能を通り越し、それこそ本当に聞いて呆れる答えであり現状だった。 こいつら馬鹿か、恥も外聞も、危機意識も無いのか。 それらの思いも込めて一緒に怒鳴り散らしてやろうと思ったその時だった。 「やぁやぁ、カズマ君」 「あぁ!?」 それこそ馴れ馴れしく笑みを浮かべ手を上げながら近づいて来る男に、カズマはチンピラそのものの形相で睨みつける。 だが臆した様子も一切無い様子で男は目の前まで来て優雅とでも気取ってるような一礼を示しながら言ってくる。 「私は君の事を待っていたんですよ」 だがカズマはそんなものは思い切りガン無視し、男の付けているマフラーを掴みあげながら怒鳴り返す。 「何だぁ、やる気か!?」 無論、傍から見れば誰が見ても悪質な絡みを見せるチンピラのソレである。 「エマージーさん!」 「エマージー! テメエ、そいつを放しやがれ!」 そう叫びながら駆けつけてくる者が二名。 二人ともホーリーのものとは別種の茶色の制服を身に付けた少女だった。 一人は初めて見る顔だが、もう一人の方には見覚えがあった。 ………そう、あれも中々に印象的な喧嘩だった。だから忘れてなどいない。 「………お前、確か本土のアルター使いの………」 スバル・ナカジマを見ながらカズマはそう言葉を返す。 撃滅のセカンドブリットを破り、散々こっちをボコってくれた上にシェルブリット・バーストまで引き出させやがった相手だ。 こいつらのボスである高町なのは程では無いが、それでもホーリーである限りはいけ好かない相手であることに変わりは無い。 まさかこんな所で再び巡り会えるとは思っていなかっただけに驚きだ。 そしてもう一人の方は……… 「………何だぁ、またガキかよ」 ウンザリしたような態度でヴィータを見ての第一声がそれだった。 まぁカズマにして見れば、それこそ見た目はこれまたかなみと大差なさそうな年齢の少女だ。ハッキリ言ってやる気が削がれるのも仕方がないというものだった。 本土の連中はガキばっか使って何企んでやがるんだと逆に別の苛立ちすら感じ始めたほどだった。 ………尤も、それが相手のタブーにモロに触れたことにカズマはまだ気づいていなかったが。 「………………ガキ、だぁ…………?」 ヴィータにして見れば見た目で侮られるのは、彼女からして見れば最大級の侮辱である。 ただでさえなのはを誑かしている気に入らない相手である上に、ここまで舐められれば、当然許せるはずがない。 ぶっ飛ばす、もはや問答無用、ボコボコに叩き伏せないと気が済まない。 そんな怒りも顕に戦闘態勢に突入しようとした瞬間だった。 「まぁまぁ、皆さんここは一つ落ち着いて」 そんな呑気な声で割って入ってきたのは、あろうことか未だマフラーを掴みあげられている当人―――エマージー・マクスウェルだった。 「んだとぉ、このホーリー野郎がッ!」 だが先程から苛立ちが増すばかりのカズマにしてみれば、横槍に勝手な仕切り……それこそこのままぶん殴るには充分に足る理由だった。 実際、このままこのにやけた顔面に拳をぶち込んでやろうかと本気で拳を固めて振り上げかけた程だった。 ―――しかし、 「おやおや私を殴るおつもりですか?……無垢なる子どもたちの目の前で?」 余裕そのものと言った態度でそんな疑問を当然のようにぶつけてくるエマージー。 事実、咄嗟に拳を振り上げるのを止めたのは彼を掴んでいる自分に一斉に非難の目を向けてくる子どもたちがあればこそだった。 それこそカズマは忌々しげに歯痒い苛立ちも顕にしながら、その場を踏み止まる以外に道はなかった。 確かにカズマは自他共に認める無頼だ。……が最低限の良識や分別そのものを理解できないほどに愚かではない。 ……何より、子どもからのそう言った視線は彼にとって何よりも苦手なものの一つでもあった。 故にこそ、心底忌々しい舌打ちを吐きながらも乱暴にエマージーを離すことしかカズマには出来なかった。 「他のホーリー隊員はいざ知らず、私は争いを好みません」 掴まれて乱れた胸元を整えながら、まるで当然と言った口振りでそんなことを言ってくるホーリー隊員。 出来の悪い冗句、そうにしかカズマには聞こえなかった。 「あぁ!? 何言ってやがる!?」 それこそ次こそ本当に噛み付かんばかりの苛立ちを込めて怒鳴るカズマに背を向けながら、エマージーは群がる子どもたちに視線を合わすように屈みながらその頭を優しく撫でながら告げる。 「すまないねぇ、ボクちゃんたち。私たちは此処にいるお兄さんたちと話があるんだ。それが終わったら、また此処で会おう」 エマージーの告げた言葉に子どもたちはそれこそ残念そうな顔を見せながらも、彼が言ったその言葉に「本当だね?」「絶対だよ!」等と希望を持って問い直していたほどだ。 子どもたちのその問いに、それこそエマージーは自信に満ちた顔で頷きながら、 「ああ、勿論だとも。私のプライドと―――ピンチに懸けて、ね」 ウインクまで交えた誇らしげな返答を返していた。 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3156.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3157.html
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マンモス諸侯領(the Realm of the Mammoth Lords) マンモス諸侯領 は、アヴィスタン亜大陸北方に位置する、南では絶滅した巨大な獣が闊歩し、ケーリド人たちが他国の影響を受けない本来の文化を保持している原始の地である。 歴史 原始的な部族社会であるこの地は太古から同じ時間が流れているが、エイローデンの死後、東部にあったバーバリアンの国 Sarkoris がデーモンの軍勢に蹂躙され、ワールドウーンドが生まれた。未だにそれは脅威として存在し続けている。 政治 南の地にあるような中央政府は存在せず、家族単位の部族からなる。強力な指導者や戦士が出た場合、それを中心として部族が連合し“following”が生まれることがある。指導者が死んだ場合、新しい指導者を選出するか、他の指導者の下につくか、解体して部族に分かれてしまう。現在最大の Following は Mighty Kuldor の率いる 3000人ものBearpelt Following で、アイスステアの近くに住み、交易で大きな利益を得ている。部族や Following は徒歩で移動し、マンモスなどの飼い馴らした獣に荷物を載せたソリを引かせる。また、伝統的なシャーマンの道以外の魔法には不信感を持っている。 この地のケーリド人たちはジャイアントに奇妙な憎悪と敬意が入り混じった感情を抱いており、コダー山脈 Kodar Mountains や牙山脈 Tusk Mountains のジャイアント部族と常に抗争しながら、時にジャイアントの子供を捕えて大平原のやり方を教え、名誉ある兄弟として扱うこともある。時としてそのようなジャイアントは自らを捕えた者たちを家族と見るようになり、それを守るために死ぬまで戦う。このような巨人の奴隷を所有していることが following の権力の象徴であり、Mightly Kuldor は1ダース近い巨人のしもべを抱えていることで知られている。 地理 マンモス諸侯領はマンモスやスミロドンを始めとした巨大な哺乳類が豊富に生息する。南のベルクゼンの領土からはそれらを捕えて軍用獣に使うため、多くのオークがやってくる。また、東のワールドウーンド、西のイリセンも、ゆっくりとこの地に勢力を伸ばしてきている。 アースナヴァル Earthnavel:牙山脈にある深い谷間から広がる洞窟網の中心にある縦穴。その壁面はゴラリオンをかつて闊歩していた巨獣の骨で飾られており、その底にはダークランドにつながる人間が入れるほどの開口部がある。 ギンジ台地 Ginji Mesa:北部にある the Nightsnake と呼ばれる翼ある蛇の縄張り。時にサンドポイント・デヴィルとして知られるクリーチャーを率いるこの蛇は、恐るべき凝視で獲物をすくませ、空中から狩人や家畜を襲撃する。 ヒルクロス Hillcross:牙山脈 the Tusk Mountains を横切る最大の通路があり、南からの商人たちが通過する。マンモス諸侯が使用する集会場でもある。 アイスステア Icestair:世界の冠を経由してティエン・シアへ行く通商路の入り口にある、この地域最大の都市。支配者である Po La はかつて東方の 炎の女帝に仕える文官だったと言うが、主の娘と衝突して命からがら逃げ出してきたと言う。 レッドルーン峡谷 Red Rune Canyon:ワールドウーンドの境界からはるか西にある曲がりくねった峡谷。最近、時々泥が泡立ち、血のような液体が流れ、動物たちは醜く攻撃的に変わってきている。マンモスたちはこの地に近づくことを嫌がるようになり、訪れた者たちは峡谷の外観がデーモンのルーンに似てきたと言うようになった。 サンダーステップ Thunder Steppes:牙山脈の麓からワールドウーンドにまで広がるステップ地帯。サーコーリス陥落までは無数の Following と部族が存在したが、今ではデーモンの穢れによってどんどん敵対的になっていく狂った巨獣の群れがいるのみである。 トルガス Tolguth:世界の冠のふもとに位置するが、地熱による奇妙に温暖な谷間。恐竜までもが生息している。壁を張り巡らせた居住地がある。近年ワールドウーンドから侵入してきたクリーチャーが大きな脅威となっており、西からはイリセンの冷気が徐々に広がってきている。噂では地下世界ダークランドには擬似的な太陽があり、恐竜たちの繁栄する無人の世界とつながっているという。パスファインダー協会は、そこに5回探検隊を送り込んだが、生還者はおらず、詳細は不明である。 参考文献 [1] Erik Mona et al. (2008). Campaign Setting, p. 92. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-112-1 [2] James Jacobs et al. (2011). The Inner Sea World Guide, p. 106. Paizo Publishing, LLC. ISBN 978-1-60125-169-2 カテゴリー:内海地域
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「さて、それじゃあ聞かせてもらおうかな?」 沈黙の中、最初に口を開いたのはボウケンブルーこと最上蒼太だった。 当然その質問の対象は伊能真墨。 「なんのことだ?」 「惚けないでほしいね。勿論、本当の理由のこと」 先程は終始沈黙していた蒼太が、今はやけに饒舌さを見せている。 「さっきの理由もあるんだろうけどね。僕はあの場から逃げる時に先頭で援護していたけど、そんな理由だったとは思えない」 真墨は澄ました顔をして蒼太を見ている。これまで同様、特に動揺した素振りを見せることもなく沈黙を保ったままで。 「どういうことなの?真墨、蒼太さん?」 菜月は場の状況がいま一つ理解できていなかった。そんな彼女に構わず蒼太は流れるようにスラスラと言葉を続ける。 「プレシャスバンクから盗み出されたバジリスクの化石。新しく現れるはずのないのに現れた邪悪竜……」 確かに蒼太の言うように、遺伝子操作でジャリュウを生み出すことができるのはリュウオーンだけのはずだった。 「そしてあいつは手に入れたバジリスクの瞳をすぐに自分に嵌め込み、自分の目として使った。 ここまで条件が揃えば、あの邪悪竜がバジリスクの化石から生み出されたジャリュウだってことは簡単に想像がつく。 そこで調べた伝説のバジリスクの特徴と照らし合わせれば――」 そこには普段の陽気で気障[キザ]な洒落男はいなかった。淡々と理論を展開していくのは流石に元スパイだけある。 鋭い洞察力と情報力――それが彼の本来の姿。 「八本四対の手足。鶏冠のような頭部。見た者を石化させる眼。そして――」 そこでサロンの扉が開き、蒼太の言葉が途切れる。 「ああ、真墨君。解析の結果が出ました」 声の主は牧野だった。瞼を擦る彼の仕種にも疲れが窺える。 「どうだったんだ!?おっさん」 今まで表情を変えることの無かった真墨が牧野に駆け寄った。 「ええ、真墨君と映士君の読みどおりです」 牧野は一度サロンにいる真墨、蒼太、菜月、ボイスの全員を見回して咳払い。そしてゆっくりと説明を始める。 「え~、ごほん。研究所に搬送された少年を詳しく調べたところ、石化の原因はバジリスクの瞳による呪力と推定されます。 これは、以前映士君が西のアシュ『オウガ』によって石化した時と類似した点も見受けられます。 全身がほぼ一瞬で石化している為、これ以上は戻ってみないと分かりません」 「それで、戻る方法は?」 牧野の言葉が途切れるとすぐに真墨が質問を返し、蒼太と菜月もそれに頷く。 「バジリスクが死ぬことで石化も解けると思いますが……。何にせよ瞳が手に入らなければ治療は不可能ですね」 「くそっ!結局はあいつを倒すしか方法は無いってことか……」 真墨が拳を合わせ、苦々しげに呟く。 「アクセルスーツを着用していれば石化することはないでしょう。ですから強いダメージによる装着解除には注意してください」 一通りの説明を終え、牧野はサロンの椅子に倒れるように座る。かなり疲れている様子だ。 無理もない、サージェスで一番忙しく働いているのは多分彼だろう。 「お疲れ様、牧野先生」 「ああ、ありがとうございます」 菜月が牧野の肩を揉みだす。真墨はソファに座り腕を組み何やら考え込んでいる。 同様に蒼太も口元に手をやり考えていた。 瞳の――プレシャスの力。一年半前のオウガ戦で映士が石化したこと。少年はほぼ一瞬で石化。 牧野の説明を経て蒼太の推理は確信に変わった。 「さっきの続きを話してもいいかな。最後の一つ、それはバジリスクの体液は全てが他の生物にとっての猛毒であること」 「ええっ!?」 と、声を上げたのは菜月だけだった。 「人質にされた少年をシグナムとヴィータちゃんが助けた時、体液が少年にもかかったんだ。そして毒はすぐに少年の身体中に回った。 きっと映士はエイダーでも治療は出来ないだろうと判断したんだ。伝説の生物の毒に対する解毒剤なんてないだろうしね。 いや、それ以前に山を降りるまで持つかどうかも解らなかったかもしれない」 真墨と牧野、ボイスは黙って耳を傾けている。 「だから賭けに出たんだ。石化させることで毒の進行を食い止めようとした」 一度自分が石化しているから可能性はある、と考えたのだろう。 それでも危険な賭けには違いない。とはいえ、それ以外に手段は無く、迷っている時間も無かった。 「だから最後に残ったんだろ?真墨」 真墨は腕を組んだまま目線だけを蒼太に向け、一言、 「そうだ」 とだけ答えた。 菜月もようやく理解したのか真墨に微笑みを向ける。だが、すぐに?を浮かべ首を傾げた。 「あれ?じゃあ何で真墨は、シグナムさんやヴィータちゃんに問い詰められた時に黙ってたの?」 その理由を話していれば彼女達もあんなに怒りはしなかったのではないか。 そう菜月は思った。 だが、真墨のことだ。「自分のミスはミスだ」とでも考えて一人で背負おうとしたとも考えられる。 「うん、僕も最初はそう思った。でもそれだけじゃない。危険なプレシャスを奪われたこの状況でそんな理由で連携を乱すようなことはしないよ」 「それじゃあ……」 蒼太の視線が次に向いたのは――ボイスだ。 「これはボイスと真墨と牧野先生あたりの3人で考えたんじゃないかな?」 「どういうことかな?ブルー君……」 当然、▽のCGからも機械で加工した声からもその心理は解らない。どこかコミカルで可愛いそれも、感情が読み取れなければ薄気味悪く思える。 「僕が全部説明してもいいけど、真墨の理由は真墨から話して欲しいな」 「……お前の考えてる通りだよ」 サロンには緊迫した空気が流れ、菜月は相変わらず?の表情のままだ。 ここから先は蒼太も自分の推理に自信は無かった。 もしかすると話すべきではないのかもしれない。だが、蒼太も真実を知りたかった。 ここで少しでもはっきりさせておかなければ、新人達を本当の意味で仲間として迎えることはできない。 真墨にはチーフとしてその理由を。これが『テスト』であるなら、そのことを話して貰わなければならない。 自分と菜月、映士にはそれを知る必要があるのではないか? 何か大きな影を感じる今、真に6人のボウケンジャーとなる為に。 「まず、シグナムとヴィータちゃん。あの二人がサージェス・ヨーロッパから来たって云うのは嘘だと思う」 「調べたのか?」 真墨は一応聞いてみた。 蒼太は情報収集のプロだ。それくらい容易に調べられる。 だが――。 「いいや、もう仲間のことを影であれこれと調べるのは止めたよ。これは僕の推測だ」 やはりそうだったか。今の蒼太は真に知りたいなら、こうやって正面から訊くだろう。 「あくまで仮定に過ぎないけど、二人はサージェスとは別の組織。サージェスとは現在、一時的に協力関係にありながら、内情を把握していない組織の一員だ。」 「どうしてそう思うの?」 「う~ん、二人はサージェス・ヨーロッパにいたにしては、地理、生物、サバイバル知識etc……が欠けてるからかな。それを急拵えで誤魔化してたのも余計に不自然だ。 それなのに、戦闘に関しては頭抜けてる。あれは僕達よりも戦い慣れてるね」 そう、彼女達は何度も戦闘を経験している。だが、それは普通の斬り合いや撃ち合いではなさそうだ。シグナムはともかくヴィータは動きがややぎこちなく感じた。 「そう仮定すると辻褄が合う。こうすれば二人は独自に動くかもしれない。そこから組織のことや彼女達の本来の戦い方が解るかもしれない」 プレシャスは危険なものが多い。それこそ世界を滅ぼす程に。 素性の知れない、信用できない組織と手を組んで情報を知られるのは絶対に避けなければならない。 「だけど、それじゃあその組織が協力してくれないんじゃないの?」 菜月の疑問は最もだ。それでもサージェスがそんな行動に出るとするならば――。 「それでも目的の為なら多少の無理は相手が協力せざるを得ない、と考えてるからさ。目的は何かのプレシャス、そして相手はあまりプレシャスに詳しくないのかもね」 プレシャスとプレシャスの情報が最も集まるのはサージェスだからだ。探すならサージェスに助力を頼むのが手っ取り早い。 「彼女達が素性を伏せているのは、おそらく向こうの組織もサージェスを全面的に信用していないからだ。プレシャスが集まるがゆえにプレシャスを狙ってる相手もいるかもしれない、ってね」 それでもシグナム達を受け入れたということは、サージェスも協力が欲しいということ。どちらも考えてることは同じだ。 「そう、だからサージェスはこのアクシデントを利用してみようと考えたんだ。駄目なら言い訳も立つし、もし結束できればそれでも良し」 「う~ん、つまり……両方が協力してほしいのに、お互いが隠し事してるから素直に協力できないってこと?」 「さっすが菜月ちゃん。僕はそうじゃないかと思ってるんだけど――どうかな、ボイス?」 菜月に向けた笑顔から一変、ボイスへと射抜くような視線を送った。 無表情だったボイスがやがて眉を八の字に曲げる。どうやら観念したようだ。 「やれやれ……君達に隠し事はできないねぇ……」 「流石はボウケンジャーの皆さんですね」 牧野もそれを認めてパチパチと軽く手を叩く。 「なんだか菜月だけ仲間外れみたい……」 頬を膨らませる菜月の肩を蒼太が叩く。 「何言ってるの。菜月ちゃんが最後に解りやすく纏めてくれて助かったよ、僕」 「大体はブルー君の推理通りだ。サージェスにも色々あってね、君達を利用して済まなかった。私がブラック君に指示したんだよ」 結局はシグナムとヴィータも、自分達も組織の都合に振り回されていた訳だ。ここで蒼太が明らかにしていなければ知らないままだったかもしれない。 そんな状態じゃ本当の冒険なんて出来はしない。 「彼女達の組織について……話しておくかい?」 ボイスに対して菜月と蒼太は同時に首を横に振る。その顔には笑顔が浮かんでいた。 「影で調べるのは止めたって言ったでしょ?フェアじゃない」 「必要ならシグナムさん達もいつか話してくれるよ」 あの二人なら自力でそこに辿り着くだろう。それは全く理論的な根拠のない伊能真墨の勘に過ぎないが。 「ブラック君もそう言っていたよ」 いつの間にかモニターのボイスは笑顔になっていた。 牧野は今度は解毒について調べれる為にサロンを去った。ボイスの姿もモニターにはない。 サロンには真墨と蒼太、菜月のみが残った。 「でもさ、いつもの真墨ならこんなこと嫌がるんじゃないの?」 そうだ、真墨ならこんな役回り指示されてもやらない。 「まぁな……。いつもなら蹴ってただろうな」 ようやく真墨が少しづつ、ゆっくりと話し出す。 「テスト……だろ?」 蒼太は長々と説明して疲れたのか、いつもの椅子に座って真墨を見ている。 「ああ、俺達が逃げる為に盾にしたって言った時に、どう反応するかを見てたんだ」 二人とも凄く――凄く怒っていた。そして悲しそうにしていた。 「もしも何とも思わないような奴らなら、ボウケンジャーとして認める気は無かった」 でも、それだと気付かないまま、誤解したまま辞めてしまうかもしれないのではないか? 「そこまで頭が回らないようなら同じだ。解ってて気に入らないならそれも仕方ない。 明石も俺達に意地の悪いテストをしただろ?俺ならあいつらのどこを見るか……そう考えたんだ」 「真墨ってホント不器用だね」 「そうそう蒼太。水臭いよ?」 菜月は真墨の頭をポンポンと軽く叩く。一人で生きてきた切れ者の冒険者ながら時々子供みたいに思えるから不思議だ。 明石然り、案外冒険者とはそんなものかもしれない。 「うるせえんだよ、お前らは……」 真墨は鬱陶しそうに手を振り払う。 一人で嘘を吐いて、怒りとぶつけられて、それを背負い込んでいる――彼は昔から変わらず不器用な人間だった。 一人で突っ走ることのある明石とは違う危うさがあるが、それでも彼はボウケンジャーのチーフだ。 蒼太も、きっと映士もそう思っているだろう。 三人は心地良い沈黙に、暫しの休息を感じていた。 だが、程なくしてそれは牧野によって破られる。 『街でジャリュウ一族が暴れています!すぐに向かってください!』 「了解!二人に連絡は?」 『正直、戸惑っている様子でしたが……』 隣を見ると既に菜月と蒼太も立ち上がっている。 迷っている暇は無かった。サージェスと彼女達の組織――お互いに警戒しながらも協力せざるを得ない事態。 新たに生み出された邪悪竜とカースを操るもの。 何かが起ころうとしているのは間違いない。 「あいつらは行ってると思うか?」 「うん!真墨もそう思ってるんでしょ?」 「あんまり女の子を待たせる訳にはいかないんじゃない?」 たとえサージェスと彼女達の組織が知らないところでどう動こうと、自分のするべきことは変わらない。 それがボウケンジャーだからだ――明石ならきっとそう言うだろう。 真墨が指を弾いて号令する。 「よし、俺達"も"急ぐぞ!ボウケンジャー、アタック!!」 戻る 目次へ 次へ
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「………此処がロストグラウンド、か」 数多の世界を任務で飛び回り、荒廃した世界は見慣れたものだが、やはりこの殺伐とした独特の雰囲気は、ミッドチルダなどのような治安の良い世界では感じ取れないものだ。 こういう世界には必ずと言っていいほどに、荒くれ者の類が存在している。 事実、今回の任務でも仲間たちは早々にソレに遭遇し、交戦を果たしたという。 ヴィータもまたその記録映像はこちらに来る前に事前に目を通してはいたが、成程………こんな大地にならあんな奴がいたとしても確かにおかしくは無い。 名前は何と言ったか………ああ、そうそう確か『カズマ』だったっけ? 名字もなければ本名かどうかも怪しい、経歴も分からないハッキリ言ってしまえば得体の知れない相手。 「………でも、面白そうではあるよな」 映像で見た限りでも単純馬鹿、後先考えない特攻野郎とでも感じたが、正直そういう相手をヴィータは嫌いではない。むしろ個人的には好ましい部類だ。 惜しむらくは彼が敵対者であるということ。………いや、敵対する立場の方が好敵手となり面白いかもしれない。 思考が完全に自分たちの将寄りになっていることに気づき、いかんいかんと彼女は首を振りながら思考を元に戻す。 兎に角、この大地のどこかにあの男がいる。新人どもを圧倒し、あのなのはを追い詰めたあの男が……… 柄にも無いことだが、不思議とそれにワクワクしている自分が居るのを自覚する。 早く出会ってみたい、そんな風に考えてしまってすらいた。 だがそれもまだ早い。逸る欲求を抑え付け、己が立場を思い出し、自分が今すべき事を全うする必要があった。 それを忘れて向こう見ずな立場には、自分はなれないのだから……… 『ヴィータ副隊長、聞こえますか?』 その時、届いてきた念話―――部下のティアナ・ランスターの声にヴィータは肯定のメッセージを返した。 『十秒後にスバルとエリオで突入します。副隊長は取りこぼしてそっちに逃げ延びてきた相手の確保をお願いします』 「ああ、分かった。こっちは任せとけ、だから思い切り自信持ってやればいい」 随分と様になってきた現場指揮を任されている部下の声にそう応えながら、ヴィータは眼下の施設を見下ろした。 施設南部、その後方の宙域で待機している彼女は、言ってみれば現在は部下たちの捕り物劇のフォロー役である。 禁制品の違法売買を行っている小規模な犯罪集団、その壊滅にホーリー部隊として回された任務がそれだった。 援軍の着任早々にそんな任務をこなさねばならぬ事に文句は特に無い。こちらもJS事件が終わって以降は捕り物の類とは無縁だったデスクワークばかりだったので、こうして久しぶりに戦えることに文句は無い。 しかも早速アルター能力とやらを肌で感じることが出来るかもしれないのだ、得られるものの大きさから考えても是非は無い。 それに犯罪で私腹を肥やすような無法者を取り締まるのは通常業務でもあるわけだし。 だからこそ、なのはの代わりに今こうして自分が出張ってきているというわけだ。 「さて、それじゃあお手並み拝見といくかね」 念話で確認したタイミングで飛び込んでいくスバルとエリオ。 次の瞬間には襲撃に気づいたのだろう、瞬く間に慌ただしく連中が混乱して騒ぎ出しているのがこちらにまで聞こえてくる。 ミッドチルダや他の次元世界に比べてみても、犯罪集団の質そのものはお粗末といっていい。 だが何たらに刃物という言葉があるように、そう言った連中に限ってなまじ常識外の力を持っていた場合は性質が悪い。 この世界で言うなら、正にそのアルター能力とやらが良い例だ。 『すみません、副隊長。そちらに一人逃がしてしまいました。確保をお願いします』 念話で来たその要請に、ヴィータは「あいよ」と気楽に応えながら、丁度その件の逃亡者を目視にて確認でき相手に向かって降下を始める。 「時空管理………じゃなかった。ホーリーだ! 大人しくしろ!」 いつもの名乗り文句で言い間違いそうになるのを修正しながら、そう逃げてきた相手へと彼女は告げる。 どうやらホーリーという名は相手のような連中にとっては余程のものらしく、驚愕と共に青白い顔まで浮かべてくる始末だ。 まぁ此処で大人しく縛に就くなら穏便に済ませられたのだが、どうやら相手は先に述べていた何たらに刃物の類だったようだ。 歯がみをしながら睨んでいたかと思えば、どうやら覚悟を決めたらしく男はこちらとの距離を数歩取るように下がりながら、瞬間、男を中心に発生した虹色の光が周囲の岩を次々と消し飛ばし………否、分解していく。 そしてそれが終わると共に男の傍らには巨大な傀儡兵のような人形が現れていた。 「………成程、そいつがアルターって奴か」 物質を分解し再構成する能力………聞いてはいたが、実際目にしてみて彼女が感じたのはやはり魔法以上のそのデタラメさだった。 デバイスなどの機具を用いたわけでもない、プログラムされたものを展開して行使する管理局の魔法とは明らかに異なる異能。 種類別されてはいるらしいが、個人個人によって異なる明らかな多様性を持った超常の力。 つくづくデタラメだとしかヴィータには思えない。 ………だが、そんなものとやり合ってみるというのも面白い。 それがどれ程の脅威か、直接に身をもって確認してみるには良い機会だった。 目の前のコイツは、いずれ激突するであろう例の男と戦うまでの参考とさせてもらうことにしよう。 「よしいいぜ、なら―――やろうじゃねえか!」 自身の相棒、鉄の伯爵を改めて握り直しそう告げながら、鉄槌の騎士はこの世界で最初に出会った未知へと猛然と挑みかかった。 魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed 第2話 高町なのは 「………高町、さん」 名を呼ばれ調べものに没頭するようにコンピューターの画面に見入っていたなのはは、そこで漸く相手の接近に気づき顔を上げた。 ホーリーの実行隊員とは別種の医療・作戦情報処理などのスタッフの制服を着た女性が一人、こちらを見ながら立っていた。 年の頃は自分とそう大差も無い、少し下程度、ちょうど劉鳳と同年代くらいだろうか。 ストレートの艶のある黒髪に美人と評するには充分な整った顔立ちは、その本人が持つ落ち着いた様子と合わさってか、才女というイメージを抱かせる。 なのはは彼女の名前を知っていた。此処ではちょっとしたある意味では有名人であり、良くも悪くも自分たちと同じように周囲の注目を集める立場だ。 「桐生水守さん、でしたよね?」 なのはは確信を持ちながらも一応の確認を兼ねて相手の名を尋ねる。 水守と呼ばれたその女性はなのはの問いに返答の頷きを示した。 桐生水守。 ホーリーの作戦情報処理及びアルター研究班の研修生。本土の有名大学院において七年ものスキップをしている文字通りの才媛。 だが彼女の肩書きにおいてもっと重要な意味合いを持ってくるものが他にある。 ロストグラウンドの再興に力を入れるスポンサーの筆頭、その財閥の総帥の令嬢………というのがそれに該当するだろう。 この世界へと赴く前にロストグラウンドに関連する項目には一通りの目を通しておいたが、その中には確かに桐生家の名がホーリーという組織にも関わる重要なスポンサーとして記されていた。 当然、本土側と管理局が密約を結びパイプを繋いでいる以上、桐生家もまたそれに関わってくるのは自明の理。 尤も、その本土の財閥令嬢が自らこの地に赴きホーリーに所属していたなどというのは来てから知って驚いたことの一つだった。 赴任直後の挨拶回りでも一言二言言葉を交わしあった程度であり、以降はこちらに来てからのホーリーの任務や本来の管理局の調査などで忙しく、接点も無いままにそれっきりだったが、まさか彼女の方からこちらに接触してくるとは予想していなかったので、どう対応したら良いものか正直迷ってもいた。 「何か御用でしょうか?」 なのはには彼女がどの程度までこちら側のことを知っているのかが分からない。 ロストグランドはおろか本土でも有数の権利を誇る桐生家が管理局の存在を知っているのは当然だとしても、彼女自身が現在は桐生家と何ら関わりの無い形でホーリーに所属している様子である以上、こちらの素性を知っている可能性は低い。 だが桐生家の総帥の令嬢であり、愛娘であるという評判の高い彼女が本家の方から本当に何も知らされていないのかどうかなどなのはには分からない。 実際、ロストグラウンドに来て以降、桐生水守は桐生本家との関わりを彼女自身で断っており、立場そのものも一介のスタッフでしかないのだが、高町なのははそもそも彼女とは殆ど面識も無かった以上、そのような事実を知る由もない。 故に、桐生水守がどの程度まで“こちら側”の事情に踏み入っているのかが予測が付かないなのはは彼女への対応を測りかねていた。 「………とりあえず、ここでは何なので移動しませんか?」 本土から来た噂のアルター部隊の隊長と、その本土の財閥令嬢、良くも悪くも互いに注目を集める立場にある自分たちがこうして面と向かって接触している。 当然、この場で仕事を行っているスタッフたちもそれぞれ画面を見ていながらもこちらに聞き耳を立てて注目しているのがあからさまな以上は、この場でこれ以上の話を進めるのはどう考えても得策ではない。 故にこそのなのはの提案だったが、流石は才媛と名高い彼女も己の立場を理解しているのか反論もなくそれには肯定してきた。 席を立ち、とりあえずホーリーのスタッフ専用の休憩場にでも向かうことに決めた。あそこならばここよりは密談をするにしても幾分かマシというものだろう。 さて本土のお姫様がはたして自分にどのような話があるのか、それはなのは自身にとっても気になることではあった。 最後の悪足掻きのように振るわれる巨人の豪腕、さながらこちらの接近を拒むように振り回されているソレは暴風じみたものであったのは間違いない。 わざわざ接近する危険を冒さずとも、遠距離から仕留める方法とてヴィータには持ち合わせていた。 だが今回はそれをしない………何故か、前線部隊の副隊長としては問題のある思考ではあったが、先に見せられた戦闘記録に触発されての対抗意識が彼女にそれを選ばせた。 そう、あの黄金の右腕で制限下とはいえなのはの魔法を正面から打ち破って見せたあの男………カズマの土俵がそれだと思ったからだ。 いずれは挑戦してみたい、自分たちを取り纏める将でもあるまいし、何故そんな下らない事を自分が願ったのかは分からない、見当も付かない。 だが純粋に、あの拳と正面からぶつかってみたいと思ってしまったのだ。 相手には可哀そうだが、コレはそのための前哨戦………アルターという未知の能力への挑戦を兼ねた肩慣らしだ。 「………まぁ悪く思うな」 犯罪者相手とはいえ踏み台のような扱いをすることに、良心が痛み思わずそんなことを呟いてしまったことに自分自身で驚き、苦笑を浮かべてすらいた。 だがそれも仕方が無い、実際に今の自分は公私混同だ。それは認めよう。 だからこそ、その分命じられた任務だけはキッチリと果たす。 その決意の元、相棒のアームドデバイスによるカートリッジロードを敢行。銃弾の薬莢の排出めいた機構の中、ハンマーの先端に出現したドリルが回転を始める。 そしてソレを扱うヴィータ自身もまたドリルの反対側から展開されるバーニアの勢いに合わせてその身を独楽の様に回転させ始める。 かつて、高町なのはとの初遭遇戦で彼女を撃墜せしめた一撃、それと同じもの。 「ラケーテン……ハンマァァァアアアアアア!!」 叫びと同時、強襲する赤き騎士。その回転の込められたフルスイングは巨人の振り回す腕に見事に激突し………打ち砕く。 虹色の粒子へと拡散しながら消えていく巨人。アルター能力を打ち破られたダメージが本体にフィードバックしたのだろう、能力者もまた白目を向いて倒れる。 苦戦らしい苦戦も無いまま、力押しという相手の土俵に則って撃破して見せたものの、ヴィータの表情には感慨らしきものは無い。 当然だった。所詮相手は小物、三下の雑魚に過ぎない。異能力を有しようと訓練された管理局の魔導師に通用するレベルですらない相手だ。 「………でも、テメエは違う。そうだよな」 あのなのはを地に着かせかけたほどの相手、その強大な力はこの程度の輩とはきっと比べものにすらならないはずだ。 肩に鉄槌を抱えなおしながら、戦ってみたいと改めて思う欲求をヴィータは認めていた。 この大地で珍しく闘争に餓えている己の奇妙さに、その理由にまだ彼女自身もそれが何故なのか気づくには至っていなかった。 「………それでご用件というのは?」 場所を移し、周囲に誰も近づいては来ないと判断できるロビーの片隅の席にて向かい合いながらなのはは水守へとそう尋ねる。 水守の方はなのはのその問いに、一瞬僅かばかりの躊躇を示す素振りを見せながらも、やがてこちらへと真っ直ぐに視線を向けながら口を開いた。 「高町さんは本土から来られたアルター部隊の隊長と聞いています」 「はい、本土より派遣されてきたアルター使い四名を率いる立場です。………今は、もう一人増援が着任しましたので五名ですが」 そして己を含めて六人。それが本土側より派遣された特殊部隊『機動六課』の構成と表向きにはなっている。 だがこれは着任当時に既に対外的にも知れ渡っている言わば周知の事実に過ぎない。未だ注目を集める的ではあるもののそれ以上にも以下にも意味は無い。 少なくとも、このロストグラウンドにおいては、だ。 だが――― 「失礼ですが、アルターとはロストグラウンドで生まれた新生児が数パーセントの割合で生まれ持つ特殊能力を指す筈です。貴女たちは本土出身とされていますがこれはどういう………」 桐生水守のそこまでの発言を聞きながら、高町なのはは成程と概ねを理解した。 やはり予想通り、彼女は桐生家の方からは何も知らされていない。それは当然時空管理局などの存在も知りえてはいないということだろう。 つまりは正真正銘、此処においては彼女の立場は一介のスタッフでしかないということだ。 本土の財閥令嬢とはいえ事情を知らされていない部外者である以上は、管理局に関わる情報を教えることは出来ない。 故に彼女の問いかけに対しては予め決めていた通りの答を返す他にないということだ。 「残念ですが、桐生さんには我々の素性を知り得る権限がありません。申し訳ありませんがその質問にお答えすることは出来ません」 自分でも思った以上に事務的な返答だと内心で驚きながらも、若干の後ろめたさと共になのははそう返した。 実際、なのはたち『機動六課』に関する情報は、ホーリー部隊隊長であるマーティン・ジグマールに並ぶ秘匿機密レベル扱いであり、ホーリー部隊内においてその情報の閲覧権利を持つ者はジグマール以外には存在しない。 次元世界の安定を図り、管理外世界において公の立場には現れないようスタンスを取る時空管理局においては当然と言えば当然の措置だ。 無論、局員であるなのはたち自身も管理外世界の人間においそれと素性を明かす行為は禁じられている。 しかも今回は現地においては特に慎重に行動するようにと上層部から厳命を受けている手前、普段以上にその辺りに関しては配慮を怠るわけにもいかない。 故にこそ、彼女たちは予め公開されている嘘で塗り固めた偽りの経歴以外の情報を漏らすわけにもいかないのだ。 そこに例外を挟めぬ以上、なのはが水守に対して取った対応も妥当と言えたものだった。 ………尤も、 「………そうですね。私には貴女たちの正体を知る権利はありません。ですが―――」 そう言ってそこで一旦言葉を切りながら、次に彼女がこちらに見せたのは再びの躊躇い。それも今度は若干恐れにも似たものが強く入り混じったものだった。 明らかにその言葉の続きをこちらにしてくることを躊躇っている。それを口にしてしまえばまるでもう後戻りは出来ないとでも思わせるようなものだ。 その彼女が躊躇いと同時に見せている恐れは、なのはの方にも何か嫌な予感を抱かせるには充分過ぎるものであった。 彼女は何を知っている? 何を口にしようとしている? 予測が付かぬその未知への緊張は、なのは自身にも後戻りが出来ぬような予感を抱かせる。 或いは、桐生水守がその言葉の続きを言わなかったならば。 或いは、それ以前に彼女がこちらへと疑問を問い質すようなことをしていなければ。 或いは、彼女がそのようなことを知り得なかったならば。 或いは、彼女と出会ってさえいなかったならば。 高町なのはがこの後にこの大地で取ろうとする選択は違ったものになっていたかも知れない。 ソレは或いは、後の彼女自身の運命すらもまったく変わったものともなっていたことだろう。 けれど彼女たちは出会い、 「―――ですが、貴女たちはアルター使いでもない。それだけは、私が知っている確かなことです」 そして桐生水守はその言葉を言ってしまった。 思いもがけぬ真実を意外な相手から指摘された当人たる高町なのはは――― 気づいた時には退路は全て塞がれていた。 「カズくん、今日こそ一緒に牧場の仕事に行ってもらうからね!」 その要求を突きつけてくる少女の言葉に、残念ながら逃げ道が無い事を遅すぎるこの時点で漸くに理解できた。 「分かった、分かったから服を引っ張るんじゃねえよ。何処にも逃げやしないからよ」 故に仕方ないのでそう言いながらやれやれと言った様子も顕に、カズマは服の袖を引っ張ってくる由詑かなみに対して諦めたかのようにそう告げた。 実際、今日ばかりは逃げられそうにも無い。いつも以上に必死になってこちらを連れて行こうとするかなみの姿を見ては、カズマも力づくには引き離せない。 むしろそんなことをすれば後が怖い。牧場のおばちゃんたちに受けの良いかなみを哀しませれば、彼女たちに何を言われるか分かったものではなかった。 マトモに働くなど本来ならばゴメンだし、そういうのには本当に向いていないと自分自身でも自覚しているカズマとて、今日ばかりは諦めて労働に従事する以外にないようだ。 「………本当? また途中で抜け出して仕事サボったりしない?」 前科のある身としてはいまいち信用されていないようで、実際カズマも今回もまた隙を窺い逃げ出す心算だったので釘を刺されただけなのだが、その言葉に対しても慌てて否定を示す。 「サボらない、抜け出さない。………ちゃんと今日は真面目に働くって」 そう言ったのだが、やはり彼女からすればそんな言葉もいまいち信用にかけているようだった。 「約束だよ。もう米も野菜も残り少ないんだから、ちゃんと働かないと食べる物もなくなっちゃうんだよ」 まるで幼子に言いきかせる母親のような口調で何度も牧場までの道すがらでそう言われ続けた。 それに精神的にウンザリしながらも、この時漸くに己がいかに傍から見れば甲斐性無しのロクデナシかがカズマ本人にも少し自覚でき始めていた。 「お疲れ様。皆、今日の任務もしっかりこなせたみたいだね」 桐生水守との密談を終え、六課に手配された仕事部屋へと戻ってきたなのはは、そこで丁度任務から戻ってきた部隊の連中へとそう労いの言葉をかけた。 自分は調べ物の都合で一緒には行けなかったが、合流してくれたヴィータに任務の同行は任せていたのだが、どうやら上手く事は運べたらしい。 上がってきた報告にも問題らしい問題も無い。これならばそのままジグマールへと報告書を提出しても問題はなさそうだった。 「まぁ、あたしも貴重な体験をさせてもらえたしな」 そう言ってデスクの椅子の背凭れへと体重を預けているのは副隊長のヴィータだ。着任早々の戦闘任務を問題なくこなした彼女は、アルターという能力に直に触れてみてやはり自分同様に思うところがあるようなのは直ぐに察することが出来た。 「ヴィータちゃんもお疲れ様。未知の能力との初戦闘、大変だったでしょ」 「別に。あたしがやったのはお前らが戦った奴とは比べられない程の三流だ。能力持ってても所詮は素人、間違っても後れを取るような相手じゃねえよ」 慢心ではなく自負、そして厳然たる事実としてヴィータはなのはの労いにそう本音を応えた。 管理局員として、夜天の守護騎士として、数多の歳月を数え切れない戦場で費やしてきた彼女にしてみれば、どのような特殊能力を持っていようが、訓練もマトモに積んでいない相手は素人と大差ない。負ける要素がそもそも存在していない。 それに管理局の高ランク魔導師の看板を背負わされている以上は、管理外世界の未知の相手といえどもそう易々と後れを取ることはメンツに関わる問題だ。 だからこそ、抑止力という観点から鑑みても素人の犯罪者相手に自分たちが負ける事は許されない。 「………まぁ、それに堂々と喧嘩を吹っ掛けてきてくれる相手がいるみたいだけど」 言うまでも無くそれが誰かを彼女は口にしない。口にせずとも自分も相手も分かっているからだ。 その当人………NP3228ことカズマという男の脅威性を。 「ヴィータちゃん。私たちは喧嘩をしにこの世界に来てるわけじゃないんだよ」 そのヴィータの様子から彼女が今何を考えているのか、その凡そを長い付き合いから察することの出来たなのはは嗜める様に言葉を選んで彼女へと告げる。 ………尤も、 「分かってるさ。でも向こうが売ってくるってんなら、買わないわけにもいかねえだろ?」 犬歯を剥き出しにする様な好戦的な態度で言ってくる彼女は、なのはが普段知っているものとは大きくかけ離れたものだ。 確かに守護騎士という闘争の世界で長い間生きていた彼女が、彼女たちを束ねる将と差異はあれども強敵を見つけたならば、それに興味を抱き戦いを望もうとしても可笑しなものではない。 だがここまで露骨に、それもまだ直接出会ってもいない相手をここまで意識しているというのは例に無いことだ。 その理由がなのはには分からず、それ故に少し不安にもなる。 なのは個人の見解としては、出来ればカズマとはもう二度と争いたいとは思わない。まぁ再度の激突の回避は天文学的に見ても不可能な数値であることは彼女自身にも予想が出来てはいたが、出来うるならば争いではない別の道を彼とは選び取って行きたいというのが本音だ。 しかしヴィータはそれを望んでいない。それこそ彼との正面からの激突を、そして打倒を望んでいるのは明らかだ。 彼女の強さも、そして先の戦闘でカズマの強さも身を持って知っているなのはは、出来るならば両者の激突だけは避けて欲しいところだ。ただでは済まなくなるのは目に見えて明らかなのだから。 「ヴィータちゃん、くれぐれも勝手な行動だけは………しちゃ駄目だからね」 本来ならば彼女に向かって言うべきような言葉ですらないはずだ。 けれど一応は此処で釘を刺しておかないと、後々に面倒な事が起こる原因ともなりかねなかった。故に放置できず、こうして釘を刺した。 それが皮肉にも両者の関係と対応の態度からか、傍から見ていてもそれは娘に言いきかせる母親の様子に見えなくも無かった。 なのはに対してヴィータはそういう意識は持ち合わせていない。だが何分に古い付き合いの親友の言葉である以上、悪し様には振り払えずに彼女はそれを渋々とはいえ聞き入れるしかない。 皮肉にも、それが同時刻において、自分が拘り始めている男と極めて同じ立場であるという事実を、彼女は知る由もなかった。 やはり性に合わねえ。 それが大工仕事を始めて三分でカズマが抱いた結論だった。 やはりサボるか………そんな誘惑に早々に屈しかけているが、それを早過ぎると取るか、三分はよく我慢したものだと感心するかは、カズマと言う人間を知っている者で違うことだろう。 「こらボウズッ! 何モタモタしてやがんだ! さっさと木材運んで来い!」 そんな葛藤を抱いていることなど知る由もなく、大工仕事の親方から飛んで来た怒鳴り声にカズマは慌てて木材を担ぎなおして走り出す。 金さえ積めば何でもやる、アルター使い“シェルブリット”のカズマの今の現状には自分自身でも呆れを抱いてもいた。 こんな所で二束三文の金を稼ぐためにおっさん連中に顎で扱き使われるより、よほどホーリー相手にドンパチやらかす方が彼自身にとっても有意義だと感じられる。 それでもこの場で我慢して、あえてこうして扱き使われているのに甘んじているのは、かなみの為でもあった。 何だかんだと言いながらも、カズマはかなみに対して甘い。自分に頼らず(甲斐性無しのロクデナシだが)独りで生きていけるように普段から接するように心がけている心算だが、彼女が悲しい顔をする度に胸の奥が痛み苛立って仕方が無くなる。 ここで我慢もせずにおっさん連中を殴り倒すだとか、仕事をフケるだとかすれば、それはもう間違いなくそういう顔をするはずだ。 それを見たくない、それに弱いカズマはだからこそこうして真っ当な労働に現在甘んじているわけなのだが……… (………本当に、調子が狂うったらありゃしねえ) 言いようのない苛立ちから感情に任せて力任せに釘を目掛けて金槌を振るう。 「嬢ちゃんだって頑張って働いてんだ。オメエもちゃんと働いて、オメエが養ってやらなきゃいけねえんだぞ、分かってるか」 気楽におっさんの一人がそういうと共に、回りのおっさんたちも似たような事を何だかんだと口出ししてくる。 正直、ほっとけと言ってやりたいがここら辺りのおっさんおばちゃん連中にはかなみが世話になっていることからも頭が上がらない。 だからこそ甘んじて聞いているのだが、余計なお世話であり実に鬱陶しくもある。 益々溜まっていく苛立ちに任せて金槌を振り下ろす………がそれは釘ではなく指を思いきり強打してしまった。 絶叫が晴天の青空の下に響き渡る。 やはり普通に仕事するのなんざ性に合わねえ、とつくづく実感するカズマだった。 差し出されたサンドイッチを口に運ぶ。 「………どう、かな?」 傍らで固唾を呑んで感想を待つ少女に、彼はハッキリと現実を分からせる為に告げた。 「不味い」 ストレートなその感想に、少女―――由詑かなみは「うぅ」と悔しそうに呻いて俯いてしまった。 実際はかなみの料理はそこまで不味いわけではない。むしろ世間一般的なレベルで言えば充分に美味いほうだ。 しかしカズマの味覚には合わないのか、彼はいつも少女の手料理を不味いと評する。 それが悔しいのだろう、彼女はその度に躍起になって今度こそ彼に美味いと言わせるべく料理に対して研鑽を欠かさない。 恐らくソレは、第三者が傍から見た光景とすれば実に微笑ましいものとして映っていることなのだろう。 何だかんだと不味いと言いながらも、カズマは彼女が作ってくれたサンドイッチを残さず全て食べる。 それが一応嬉しかったのだろう、少女は上機嫌な様子で空になった弁当箱を回収すると間もなく終わる昼休憩の時間を察して、仕事場へと戻っていく。 去り際に、 「カズくん、昼からもサボっちゃ駄目だからね」 念を押すようにそんな言葉を残していきながら。 やれやれと溜め息を吐きながら、カズマは木陰で寝転がり、空を見上げる。 雲一つ無い、憎らしいほどの晴れ晴れとした青空。鳥たちが我が物顔で己が領分とばかりに翼を広げて飛んでいるのも見える。 「………サボんな、か」 昼休憩は間もなく終わる。昼からも扱き使われることが確定している為、さっさと持ち場に戻っていなければおっさん連中からどやされるのは分かりきっていたことなのだが、どうにも動く気になれない。 かなみ直々に釘を刺されている以上、サボるわけにはいかない。それは理解している。 だが――― ………やっぱ、合わねえんだよな。 今日一日、といっても午前中に過ぎないが、カズマがマトモに働いてみて思った感想はそれしかなかった。 かなみが望んでいる普通の生活とやらからは切り離せない普通に働くこと。アルター能力の一切を用いず、ただ普通の人間に出来る事をする。 戦いはなく、ひりつく様な緊張も、身を裂くような痛みも無い。そんなものを経験せずとも金をもらえる。 普通ならば、それこそ皆が皆喜んで選ぶであろう道。 そう、普通ならば……… だが合わない。どうしようもないくらいに。 ムシャクシャする程にしっくりこない。 何故か?………そんなの決まってる。 ―――結局の所、やはりカズマはカズマでしかない。 骨の髄までアルター使い。これと己はもはや切っても切り離せない。 ロストグラウンドなんて荒地で生まれて十六年。親の顔もマトモな本名すらも知らぬまま、ただ只管に生き抜いてきた。 生きるためには何だってやった。奪い、傷つけ、そして壊す。 裏切りだって何度も喰らってきた。同じ穴の狢同士だ、生き残るためだからそれに文句を言う心算は無い。 それがこの大地だ、ロストグラウンドだ、カズマが生きてきた世界だ。 それは今も変わっていないはず。ガキの頃に比べれば、確かに治安は少しはマシになっている。けれど生きている世界も、そこのルールも変わっていない。 俺はそんな世界で生き続けるって決めたはずだ。誰にも頼らず、己の拳だけで、奪い、勝ち取り、そして守ると……… だって言うのにどうだ? この体たらく、これが“シェルブリット”のカズマか? 小娘のオママゴトに付き合って、下げたくもねえ頭下げて、自慢の拳を振るう機会も無く、せこせこと金を稼ぐ……… 「………なら、やめちまえばいい」 嫌ならやめればそれでいい。己を縛るものなど何も無い。この身は自由なのだから、窮屈な場所だというのなら、此処を出て行き、何処か別の場所で再び根を下ろせばいい。 このロストグラウンドにいる限り、ホーリーの相手は何処でだって出来る。 あの少女に付き合うのが苦痛なら、捨ててしまえばそれでいい。小娘一人どうなろうがそれこそ知ったことではないはずだ。 悩む必要も迷う必要も無い。今まで散々好き勝手に生きてきて、またこれからもそうやって生き続けるんだ。 ならば荷物になるものなど、全て捨ててしまえば――― 「―――なわけあるかってんだ」 一瞬でも考えてしまった、そんな思考を振り払いながらカズマは先の呟きを打ち消すように強く言葉を発していた。 ああそうさ、好きに生きてきたさ。これからだって好きに生きるさ。 好きで背負って、好きで守ってんだ。これは好きで選んだやり方だ。 だから違えない、守る。最後まで、拳を握れなくなるまで。 俺はこのやり方を、この生き方を続ける。 別に真っ当に生きようというわけでもない。アルター使いであることもやめる心算は無い。 ただ此処を出て行く心算も、かなみを捨てていく心算もないだけ。 ただ今まで通りの生活を、不満と文句を垂れながらも続ける。 ただそれだけのことだ。 我が儘かい? 我が儘だな。だが仕方ねえ。俺に関わってる連中には、そうやって付き合ってもらうしかねえ。 ………本当に、昔に比べれば少し丸くなったのかもしれない。 本人は絶対に認めたがらない事実ではあったが。 さて、本当にそろそろ戻らないとどやされる。 昼からも扱き使われる事にウンザリしながらも、カズマはかなみとの約束を守るべく、木陰で寝転がっていた状態から身を起こし――― 或いは、ソレさえ見つけなければ、約束は破らずにすんだ。 ソレさえ………アイツさえ、偶々向けた視線の先で見つけなければ。 どうしてアイツが此処にいるのか、そんな疑問は当然ある。 だがそんなものは些細なものだ、一々気にしてたらキリがない。 何が目的で、何を企んでいるか、そんなことはもはやどうでもいい。 ただ……… ただ――― 「―――面ァ拝んじまったんだ。見逃せるわけがねえ」 悪い。すまねえ。許せ。 最後に一度、胸中でかなみにそう謝りながら、カズマは躊躇うことなく駆け出す。 仕事場とは逆方向、偶然見つけたアイツ―――あの本土のアルター使いの姿を追いかけて。 もうその時点で、既に彼の表情はアルター使いのソレへと変わっていた。 高町なのはが単独でインナーの暮らす街へと赴いたのは、表向きは調査という名目だった。 だが実際は、この大地で生きている大多数の人たちの生活を良く見て知りたいと言う欲求からきた行動だったのも確かだ。 都市部で生活している限られた人たちとは違う、この大地で本当の意味で生きている住人たち。 彼らがどのように生き、そして生活しているのか。 何を信じ、何を笑い、何を悲しみ、何を糧に。 この大地で生きているのか、ただそれだけが知りたかった。 だから彼女は此処に来た。空の上から見下ろすのではなく、己の足でこの大地を踏みしめ、歩いてそれを見るために。 空に上らなければ見えないものはある。だが逆に、地に足を着けてみなければ見えないものもある。 この失われた大地で出来る事を見つけるためには、その両方が必要だ。 そう考えたからこそ、高町なのははソレを実行して此処にいるのだ。 流石に六課の制服では目立つので、当然ながらインナーに溶け込めるような服装を選んで身に着けていたが、それでも人混みに混じろうと彼女が何処か浮いた存在であるのが傍目に見ても明らかだった。 当然だろう、外見だけ取り繕ったところで彼女は実際にこの大地で生きている者ではない。言うなれば、この大地の生活に馴染んでいない、他所から来たという雰囲気をどうしても隠し切れないのだ。 コレは何も彼女が責められる事では無い。余所者が他所の土地で受ける異質感、己のテリトリーの外側に存在する齟齬、それをこの大地に来て日の浅い彼女が埋めようとしたところで埋まらないのは仕方の無いことだ。 「………でも、これじゃ失敗だね」 やれやれと己が失敗を悟り、なのはは残念そうに溜め息を漏らす。 これではろくな調査はおろか、警戒されてマトモなコミュニケーションすら現地のインナーと取れそうに無い。 明らかに遠巻きに警戒されながら見られていても、この事態に進展は無い。 どうやら出直した方が賢明のようだ。次なる課題はどうしたらインナー間に溶け込めるかどうかということになるだろう。 だがこれはある意味で最大の課題であるのかもしれない。 アルター能力を調べるのと同じくらい、なのははこのロストグラウンドで人々に何かをしてあげたいという思いが強い。 それは先にあったある出来事とも関係して、顕著にもなってきていた。 だが調査と違い、こちらの目的はこうも彼らとの間に溝が深いままではどうしようもない。 まさに異文化の壁、此処でそんなものに遭遇しようとは予想外だった。 「………先はまだまだ長そうだね」 だが諦めない、必ずこの溝だって埋めて見せよう。 確かに大人になって諦めの分別も付けるようになったが、それでも相も変わらず一般の定義よりも彼女の諦めは悪い。 何よりも、この問題を諦めるべきレベルだと彼女自身が捉えていないという理由も大きかった。 故に、この場は戦略的撤退もやむを得ないが、次こそはもっとインナーの人々と歩み寄って見せると決意しながら踵を返し、 「―――よう、また会ったな」 そう言いながら不敵に笑う反逆者に出会った。 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3154.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3155.html
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魔法少女リリカルなのは 魔法少女リリカルなのはA's 魔法少女リリカルなのはStrikerS StrekerS SoundStage X 魔法少女リリカルなのはViVid 魔法戦記リリカルなのはForce 魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st
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諦めんじゃねぇ そんな事は言われたことなかったな。 苦しんでいるのに私は何も出来ない。 そんな風に思っていた時の言葉。 元気付けられた、励まされた。 だから、 だから だから今はお前に託すぞカービィ。 星のカービィリリカル次元を超えた出会い 始まります。 クリスタルの球体へと捕まってしまった、ノーヴェとウェンディ。二人を救う為にカービィはヘビーロブスターと対峙していた。 「これから、本当の戦いって訳か。」 ワドルディはそう言うと、デバイスを握り直した。 「皆、いくでぇ!」 「おう!」 そう言うとデデデ達は突撃した。しかし、ヘビーロブスターの甲殻は堅い。並の魔法や攻撃で貫くことは、不可能である。 (ラケーテンでも貫くことが出来るかどうかやな。こうなりゃ、リミッターを外すしかないようやな。) 「ワドルディ、リミッター解除、いくで。」 「了解!」 そう言うとデデデの周りに魔力が集まり魔法陣を描いた。それは、以前高すぎるる魔力を抑制するためにクロノが取り付けたものであった。 「リミッター解除、プププランド国王デデデ大王、衛兵隊副隊長ワドルディ!リミッター、リリース!」 すると、デデデの周りからはSランクオーバーの魔力、ワドルディの周りからはSSランクオーバーの魔力が溢れだすていた。 (あるフェレットの話では「すごい、なのは並の魔力があるなんて」らしい。) 「いくでぇ、ギガントフォルム。」 「いきます、スピアフォルム。」 二人がそう言うとデデデのハンマーは巨大化しワドルディのデバイスは槍になった。 「カービィ、ワドルディ、連携いくデ。」 「ハイッ!」 「ポヨッ!」 「援護頼みますよ。」 「分かったよ。このアギト様に任せとけ。」「リボンちゃんとヴィヴィオちゃんはチンクさんのこと頼みます。」 「任しといて。」 「うん、分かった。」 「さてと、いきましょう。」 「おうよ、任しとき!」 「ギャアァ!」 ヘビーロブスターは唸りをあげると右手を振り下ろした。 「クッ。」 「クソッ。」 そう言うと、デデデ達は避けた。この威力である防ぐなど持っての他である。 「ウオォォッ!ギガントシュラァーク!」 「ハアァッ!メッサーアングリフ。」 二人が叫ぶとデデデはギガントフォルムのハンマーに魔力を込め叩きつけ、ワドルディは魔力を込めたスピアで切り裂いた。 しかし、爆風が晴れたその場には、無傷のヘビーロブスターがいた。 カービィもエリアルキャノンを撃つが全く効かなかった。 「ギャアァ!」 すると、ヘビーロブスターがハサミにエネルギーを溜め始めた。そして、最大までチャージするとデデデ達へと放ったのだ。 その威力はあの高町なのはの砲撃に劣らない威力であった。 「チイッ。アクセルフィン。」 「クッあかん。覚えたてやが、頼むで。」 《allright。airsail。》 ワドルディの背中からは青い羽が生え、デデデは金色の魔力に包まれながら、飛行した。 「陛下、その魔法…。」 「最近覚えたんや。魔法を使い始めて百年近くのベテランやで。」 「そうでしたね。」 「さて、どうしたもんか。」 「生半可な魔法は効きませんからね。」 二人が悩んでいると、カービィもその場に集まった。その時、声が響く。 「私がやる!」 「無理よ。傷も癒えてないのに!」 そこには満身創痍の体を引きずり立っているチンクと止めようとしているリボンの姿があった。 「私のISを使えば、あるいは。」 「無茶や!その身体でISを使えば、どうなるか分かっとるんか。」「お見通しという訳か。その通り只じゃすまないだろうな。だがなそれでもやらなきゃならないんだ。」 「チンク…。」 皆が言う中、声が響いた。 「逃げろ、チンク姉。」 「そうッス。もう無理ッスよ。」 それは捕らえられているノーヴェとウェンディの声であった。 「ノーヴェ、ウェンディ!」 「私達は大丈夫ッス!何とかなるッス!」 誰が見てもそれは嘘である。今の状況を見る限り、二人だけで脱出は不可能なのだ。 誰もが黙るなか、デデデは口を開いた。 「お断りや。わいは、何もせんと、諦めるのが大嫌いや。だから、諦めるんじゃねぇ!そんなふうに考えるバカは、こん中には居らんのや!だから、ワイらが必ず助けたる!」 「もう少し、もう少しだけ待ってください。必ず助けてみせます!」 「ワイらを信じろ。」 その笑みを見た、ノーヴェ達はもう少し信じることにした。 「さて、問題はあの魔獣やな。」 「一点集中の攻撃しかないですが、動きを止めないと。」 その時、カービィの目の前に一本のナイフが突き刺さる。 「皆がお前を信じているように、私もお前を信じよう。頼む!」 それに答えるようにカービィは、ナイフを吸い込んだ。 すると、カービィは左目に眼帯を着け、ヘルムにはⅤの文字が刻まれた、《ナンバーカービィⅤ》となったのだ。 「おい、待て。お前の能力は重装甲の奴には効かないんじゃ。」 「まあみていろ。」 カービィは飛び上がり、ヘビーロブスターへとナイフを投げた。勿論その程度の攻撃は、このヘビーロブスターには効きはしない。 しかし、それは装甲の話、ナイフは次々と装甲の間接部へと命中していった。そして、カービィが指を鳴らすとその全てが大爆発を起こしたのだ。 もう一度言おう、当たったのは間接部、直接ダメージは相手に伝わるのである。つまり、動きが取れなくなったのである。 「今や、行くで、ワドルディ!」 「あぁ!」 デデデ達はそう言うと、ヘビーロブスターへと向かっていった。 「集中放火やぁ。ギガントシュラーク!」 「ディバィーンバスタァー!」 「ポヨォッ!」 ナイフにデデデとワドルディの魔法が重なり、ヘビーロブスターへと突き刺さる。 「もういっちょ。鋼の軛!」 すると地面から魔力の槍が飛び出しヘビーロブスターを貫いた。そこに次々とナイフが刺さり爆発していく。そして守るべき装甲は崩壊寸前となった。 「今や、ワドルディ!」 するとワドルディの周りに魔力が集まっていき、ワドルディのデバイスは砲撃用のカノンフォルムとなっていた。 「カートリッジ、オールロード。」 6発のカートリッジを全てロードし、ワドルディの目の前にはミッド式の魔法陣が展開され魔力が集まっていった。 そして、詠唱されるは管理局最強と呼ばれた白き魔王の最大の魔法。 「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。貫け!閃光!スターライト・ブレイカァー!」 詠唱と共に集められた膨大な魔力が集束され、放たれた。 「ギャアァァ!」 ヘビーロブスターを飲み込むとその存在を消し去ったのだった。 「ノーヴェ、ウェンディ!」 ヘビーロブスターが倒れたことでノーヴェ達が解放され、地面へとゆっくり降りていく、ノーヴェ達。 その姿を見て、チンクは二人へと駆けよった。 「ノーヴェ、ウェンディ。」 「チンク姉、ごめんなさい。戦ってたんだろ。」 「ノーヴェ覚えているのか。」 「何にもできなかった。自分を止めることも。ごめん、な、さい…。」 「ノーヴェ?ノーヴェ!」 「大丈夫、眠ってるだけです。」 「良かった。ウェンディは?」 「両方、眠ってるだけです。」 ワドルディにそう言われチンクはホッとしていた。 「しかし、まだこれで終わりじゃありません。」 「分かってる。本当の戦いはこれからだな。」 この先に待ち受ける、スバル達との戦い。決戦の時は刻一刻と迫っていた。カービィ達は勝つことは出来るのか誰も未来は解らない。 星のカービィリリカル次元を超えた出会い 第三話 「姉と妹」Bパート ~fin~ next 第四話 「スターズブレイク」Aパート 戻る 目次へ 次へ
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別に……別に、目の前の相手を恨んでいるわけじゃない。 違う出会い方をしていれば、進むべき道が違っていたならばこうはならなかったのかもしれない。 けれど、現実に私と彼はこうして出会い、こうして違う道を歩んできた。 この道は交わらないのかもしれない。同じゴールを目指せないのかもしれない。 差し出した手は取ってもらえず、かける言葉も届いてはくれない。 ……けれど、それでも――― 知ってしまった。彼の本当の思いを、悲しみを。 聞いてしまった。少女の儚い願いを、奇跡を願うその祈りを。 ……だから、私は諦めない。絶対に諦めきれない。 十年前に手に入れた魔法の力は、今歩むと決めたこの道はこんな時の為にあるのだから。 だからカズマ君、私は君を絶対に――――助けてみせる。 いつだって全力で、一秒でも早く不幸な悲しみを終わらせるその為に……… 魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed―――始まります。 魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed 第8話 なまえをよんで 遠雷が鳴り響く音が耳へと木霊してくる。 天は厚い雲に覆われ、日の光は隠れ、この大地を闇へと染めていた。 高町なのはは荒れ果て、様相を更なる過酷な形状へと変貌を遂げた眼下の大地を見下ろしながら痛ましげな表情を隠しきれてはいなかった。 「……とりあえず、揺れも収まったみたいだし下に降りようか」 自分が抱きかかえている教え子たるスバル・ナカジマへとそう告げながら、けれど言葉とは裏腹に警戒を崩さぬようにしながらなのははゆっくりと下降していく。 「……何か、四年前を思い出しちゃうよね」 重苦しい沈黙を嫌ったのか、下降していく最中、なのはは己が腕で抱きとめているスバルへと苦笑を向けながらそう告げる。 思い出すのは四年前、ミッドチルダ臨海第8空港で起こった火災事件。 あの時に二人は出会い、こうして気づけば同じ道を歩んでいるのだ。 思い返してみても数奇な縁だとなのはは思う。昔を懐かしむなどと言う年寄り染みた感慨を抱くにはまだまだ早すぎる年齢だと自分自身でも自負しているはずなのに、あの時の事をどうして懐かしく鮮明に思い返してしまったのだろうか。 その理由は、恐らく…… 「……スバルは本当に大きくなったね。それに……見違えるほどに強くなった」 炎の中で一人取り残され、泣いているだけだった無力な少女。 民間人の一人として救助しただけだったというのに、気づいてみれば彼女は自分などに物好きにも憧れ、目標として目指してくれていた。 嬉しかった。素直に、そう思うことがなのはには出来た。 戦う以外に能の無い、時よりその事に虚しさに似たものを感じることもあったなのはにとって、それでも自分などに憧れ、価値を見出し付いて来てくれたという事は自分のやってきたことにも少なからずの意味は有ったのだと実感することが出来嬉しかった。 だからこそ、教導官としての仕事にも誇りを持ててこれたし、彼女たちを鍛え上げることにも全力を注げてこれた。 ……私は、間違ってはいなかった。 恐らく、その実感と安心が自分は欲しかったのだろうなとなのはは思った。 だがそれもなのは側の思いであり、考えに過ぎない。 今のスバルにとって、なのはの言葉は他の何よりも重く、相応しくなど無かった。 それがスバル自身にも痛いほどに分かっていた。 だからこそ――― 「……違い……ます……ッ……あたしは、強くなんて―――」 ―――強くなんて、なれてない! そう涙と共に激しく頭を振るスバルの様相になのはは驚いた。 あまりにもいつものスバルらしくない様子に、これまでの連絡の途絶していた経緯もある。 ……何かがあった。彼女を……あの天真爛漫で力強かったスバルを変えてしまうような何かがあったのだ。 愛弟子の変化を確認すると共に、それを即座になのはは悟った。 彼女はてっきりエマージー・マクスフェルの件を引き摺っているのだとばかり思っていたのだが、それだけではどうやらないようだ。 「……スバル、何かあったの?」 まるで四年前のあの時に立ち戻ってしまったような少女を前に、一瞬戸惑いを見せかけたなのはだったが、即座にそれを押さえ込み、意を決してそう尋ねていた。 救わなければならない、そう思ったから。 今、スバル・ナカジマは高町なのはの助けを必要としている。 本当に自分でいいのか、自分で助けられるのかは分からない。 だがスバルは現実として今自分に助けを求めていて、そして目の前には自分しかいない。 この愛弟子もまた、なのはにとっては大切な存在の一人でもある。見捨てるわけになどいかない。 師として、先達として、そして一人の人間としてそう思ったからこそなのははスバルから今思っていることを聞き出し始めた。 微力だろうとも、彼女の迷いを、立ちはだかった目の前の壁を乗り越えられる一助となる為に……… 「……そう、そんなことが」 大地の上へと降りてきてスバルから聞き出したこれまでの経緯と事情、吐いてしまったという嘘と犯してしまったという罪、そして後悔と無力の念。 決して軽々しくなのはも扱うことの出来ない辛いスバルの経験には思うところが色々とあった。 ―――君島邦彦。 またしても狂騒の渦中の原因ともなった一人の男の死。 それに直接的にスバルまで関わっていたというのは正直に驚きでもある。 自分を無力な罪人、許されざる嘘つきだと責め続けているスバルの姿はなのはにとっても痛々しすぎる。 彼女は背負ってしまったのだ。一人の人間の人生、その末路に選んだ選択の結果を。 今まで自分が教え込んできた価値観とも相反するからこそ、否定することも無碍にすることも出来ず、彼女は苦しんでいる。 スバル・ナカジマを苦しみに縛り付けている原因の一端となっているのは、間違いなく己なのだろうとなのはは自覚した。 自分が教えた価値観や自論が全て過ちだったとは思わない。だが現実として教え、信じ込ませたものによって教え子が苦しんでいる。 ならば彼女を助けるのは、やはり自分の役目であり責任なのだろう。そう改めてなのはは思い直す。 自分はシャマルのように傷を癒してやることも出来なければ、フェイトのように際限も無く惜しみない愛や優しさを与え続けてやることも出来ない。 だから飾った言葉で筋道を通した弁論で彼女を納得させてやれる自信だってない。 出来るのは、心から思った、魂で感じた、裏打ちの無い建前を排した本音だけだ。 ……そんな言葉で、この少女を救うことは出来るのだろうか? 自信が無い……そう正直に思った考えをなのはは慌てて打ち払い否定する。 自信が無いでは済まされない。言い訳で逃げることは許されない。 それはスバルを侮辱し、蔑ろにすることも同じだと思ったからこそ、真っ直ぐに彼女と向き合うことをなのはは決めた。 「……それでも、それでもスバルは無力じゃないよ」 そう出来るだけ優しく告げながら、なのははスバルへと手を伸ばしその頭を優しく撫でる。 「……確かに、君島くんは亡くなって、スバルはその命を救えなかった……そう思っているのかもしれない。けどね、それでもスバルが救い、護ったものはちゃんとあるんだよ」 なのはの告げるその言葉に、スバルは目を見開いて驚きながらその言葉の意味を問いかけてくる。 「……あたしが、護れたもの………?」 「うん。スバルはね―――君島くんが生きた証、貫き通した人生を嘘にはさせなかった。彼がこの大地で生き抜いた意味、カズマ君の相棒としてやり遂げた誇りをちゃんと護ったんだよ」 確かに、命に勝るものは無い。 どんな時でも、最後まで諦めず、生き抜く覚悟を持ち続けることこそが、無茶をせずに無事に乗り切ることが大事だと言うのは変わらない。 「……それでも、無茶を通さなきゃならない場面って言うのは確かにある。君島くんにとって、スバルに望みを託したその時がきっとそうだったんだと思う」 酷い矛盾だ、それを承知の上でなのは自身も今までの言葉とは裏腹にやってきた無茶の数々を思い返して改めてそう思う。 けれど、そんな矛盾もまたあることを、受け入れるべき時があることも必要だとは思っていた。 普通であるならばそれは必要ない。けれどどうしようもない異常を前にした時は、そんな無茶を通す覚悟も必要になる。 ……出来れば、スバルたちにはそんな時が無い事を祈りながら、だからこそそうならないことを前提とした覚悟を持った強さを持って欲しかった。 死ぬ事を覚悟することより、生き抜くことを覚悟する方がずっと難しい。 けれど難しくとも、教え子たちにはその覚悟を抱き続けて欲しかったのだ。 「……スバルはね、それを聞き届けた。君島くんの願いを、誇りを嘘にしないために護った……ううん、今だって護り続けてるんだよね」 スバル・ナカジマは君島邦彦という男の人生を背負った。 だからこそ、それが途轍もなく重く感じ、苦しんでいるのだろう。 けれど――― 「……でもね、スバル以外にはもう君島くんの貫いた誇りを、人生の意味を背負うことは出来ない。誰かが支えてくれることは出来る……けど、誰かが代わりに背負うことは出来ないの」 自分自身でも酷い事を言っているとは思う。教え子に十字架を背負わせている事とこれは何ら変わらない事なのだろう。 これでは根本的な救いにはならないのかもしれない。だがそれでも…… 「それはスバル自身の背負ったものだから……苦しくても、重たくても、背負うならスバルが背負い続けなきゃならない」 ……私が代わりに背負ってあげることも出来ない。 直前まで出かけたその言葉をなのはは無理矢理飲み込んだ。 恨まれるのを覚悟で、失望されるのも承知の上で。 それでも、その言葉を言ってしまえばそれは当人たちへの侮辱になると思ったから。 心を刃で殺し、そうして出来るだけ自然に表面上は平静を保ちながらスバルへと告げる。 「……でもね、スバル。背負い続けることはスバルにしか出来ないけど、無理して背負い続ける事だってないのも確かだよ」 君島邦彦は最後まで生き抜いた。 それをスバルは見届け、証明した。本来ならば、それだけでいい。 その時点だけで、恐らく君島だって満足しているはずだ。 だからこそ、それ以上に続ける必要だって無い。 背負い続けるのが辛いなら、憶えていることが辛いなら。 「忘れてしまう事だって逃げじゃない。許されることだと私は思うよ」 或いは、それを本当は君島だって望んでいたのかもしれない。 ここでスバルが背負ってきたものを降ろしてしまっても、誰も彼女を責めはしない。 ……いいや、責める者がいたとしても自分がスバルを護る。 不器用にも、こんな形でしか救いを提示してやれないなのはにとってそれが最低限の責任であるとも思っていた。 だから、辛いなら忘れてしまってもいい。簡単なことでは無いし、後味の悪く思うことになってしまっても、いずれは時間の経過がそれすらも救ってくれる。 だからこそ、選ぶのは自由だ。 「どの選択を選んでも、誰もスバルを責めないし、私だって受け入れる。だから選ぶのはスバルの自由だよ」 背負ったものを背負い続けて、信念を通して苦しみもまた背負うか。 背負ったものを降ろし、忘れてしまい安息を得るか。 その選択を残酷かもしれないが、なのははスバルへと提示する。 それが己に救いを求めてきた者へと正面から向き合う最低限の礼儀として。 背負い続けるのか、それとも降ろしてしまうのか。 どちらを選んでもいいとなのはは言った。 どちらを選ぼうとも自分を責める者はいないと彼女は言った。 でもだからこそスバルはその選択に迷う。 ……重い、苦しい、そして何よりも辛くて悲しい。 心に思う正直な本音を前にするならば、救いを求めてしまいたいとすら思う。 けれど、そう思う一方で――― 『……それじゃあ、スバルちゃん。本当にありがとう。それから――――ごめんな』 脳裏に過ぎるのは最後の君島の言葉と彼が浮かべていたその笑み。 思い出すたびに胸の内すら切なくなる彼の最後の姿。 なのはは言った。 自分は護ったのだと、護り続けているのだと。 君島邦彦という男が『生きた証』と人生を貫き通したその誇り。 他の誰でもなく、最後にスバルが願いを聞き入れ、そして受け取ったその意味。 ………それを、捨てる? ………嫌だ。 そう、スバルは正直に心の底から思う。 『出来ない』ではない『嫌』なのだ。 心の奥底にあるスバルの中で人間としての最も純粋な部分が、彼を恩人と慕っていたその想いが、それを否定させる。 彼の最後の思いを、その姿を忘れてしまうなど、嘘で誤魔化す以上に我慢ならない。 だってそうだろう。そうしてしまえば、あの時流した涙の意味はどうなる? 最後まで己と共にカズマの前で騙し続けた彼の最後の思いは、意地はどうなる? 捨ててしまえば、忘れてしまえば、それこそそれらを嘘にしてしまうことと何が違うというのだ。 だからこそ……嫌だとスバルは思ったのだ。 確かに心の内は重くて苦しく、そして辛くて悲しいままだ。 救われるなら救われたいとやはり思う。 けれど、この嫌だという思いを否定してまで救われようとは……思えない。 どんなに考えても、後悔し続けるのではないかと考え続けても、思えなかった。 ……ああ、そういうことなんだとスバル・ナカジマはふと思った。 ……あたしは、君島さんを救いたかったんだ。 改めて思うべきことでもないことを、けれど改めて違う意味で思い返す。 なのはは言ってくれた。自分は無力じゃないと。 護り続けているのだと、確かに救ったものがあるのだと。 そして君島にだって言われた言葉を思い出す。 『……そっか。魔法使いか……やっぱ凄いな、スバルちゃんは』 全然凄くなんてないのに、本当に凄い人からそう言われた。 スバル・ナカジマは高町なのはのようになりたかった。 強く、優しく、どんな状況でも、必ず助けてくれる不屈の魔法使いに。 四年前から抱き続け、今まで目指し続けてきたその憧れ。 けれど君島邦彦を死なせてしまったその時に、もう彼女のようにはなれないのだと、そんな資格は失ったのだと無力感と共に絶望した。 だからこそ、信じてきた道を見失い、迷い、原点へと戻りたかった。 そうして、救いという名のやり直しを望み、憧れの原点へと立ち戻り、その憧れの対象を前に気づかされた。 ………だからこそ、もう一度、もう一度だけ憧れの彼女へと訊きたかった。 「……なのはさん」 「うん? なにスバル?」 首を傾げそうこちらを促がしてくる憧れの人へとスバルは勇気を胸にその言葉を、願いを問う。 「あたしは……まだ……まだ、なのはさんみたいに―――――なれますか?」 もう一度、あなたを目指しても良いんでしょうかとスバルはなのはへと尋ねる。 スバルのその問いが思ってもみなかったものだったのか、なのはは驚いたように目を見開きながら、やがて納得と共に一度だけ目を閉じ、そして小さく頷いた。 そしてスバルの胸の前に握った拳を向けながら、当然のような表情を浮かべてはっきりと言ってくれた。 「勿論―――なれるよ。……ううん、それどころかスバルに……スバルたちの胸に不屈の想いがあり続ける限り、いくらだって強くなれるよ。私を……私たちを並び超えていくことがいつかきっと出来る」 それをずっと信じて、待っているのだとなのはは言ってくれた。 その言葉が聞けただけで、もう充分だった。 その言葉だけでも支えになる、彼の最後を背負い続けていけるその支えに。 だから、スバルは決めた。 「なのはさん……あたし、背負い続けます」 ハッキリと彼女を真っ直ぐに見ながら迷うことなくスバルは告げた。 背負うと、背負い続けると。 重くとも、苦しくとも、辛くとも、悲しくとも。 それでも背負い続ける。絶対に投げ出したりしない。 高町なのはに憧れ、彼女を目指し続けるものとして。 君島邦彦が言ってくれた賞賛に応えられるだけの、背負うのに相応しい強さを得るために。 もう二度と、嘘に負けないために、逃げない為に。 スバル・ナカジマはその選択を覚悟を持って選び取った。 ハッキリとした強い決意を込めた瞳と言葉で、スバルはなのはにその選択の答を示して見せた。 なのははそれを誇りを持って受け入れた。 改めて思う……やはりこの娘は本当に強くなった、と。 真っ直ぐに、曲がらずに、力強く……そして何よりも優しく。 ……本当に、本当にそれを嬉しく思う。 こんな弟子を持つことが出来たこと。こんな弟子から憧れを抱かれ目標として目指し続けられているということ。 責任を持ってそれを重く受け止めながら―――故にこそ、逃げられないしその期待を裏切るような真似はしたくない。 彼女の師に相応しい……憧れを抱かれたに足る不屈のエースとして、自分はまた行動しなければならない。 だからこそ、再び彼と――― 「ラディカルグッドスピードッ! 脚部限定ッ!」 いきなり甲高いそんな叫びが響いてきたのと直後、岩盤を削るような音を上げながらこの場へと近付いてくる震動。 何事かとハッとなってなのはとスバルがその声が聞こえてきた方向へと振り向いた瞬間だった。 地が爆ぜ、旋風が巻き起こる。視認すらも困難極まる速度で瞬間的に発生したその現象の中から飛び出してきたのは一つの影。 「ふぅ~、何とか地面がマトモな場所まで到着……っと、あれ? なのかさん、それにヒバルも一緒ですか?」 「……クーガーさん?」 驚いたように目を見開きながら、何とかその突如現れた乱入者―――ストレイト・クーガーの名を呼ぶなのは。 最前の乱闘騒ぎ、その終盤に愛車を駆使して駆けつけた彼の存在は気づいていたが、先の大規模な再隆起現象のゴタゴタに流されてどうなってしまったか分からず、その安否を心配していたところだったのだが…… 「無事だったんですね……って、水守さんも!?」 「安心してください。気を失ってるだけですよ。いや~、それにしても流石にこんな荒地を人二人も背負って最速で駆け抜けるのは、さしもの俺でもきつかった」 そう言って疲れたように息を吐きながら、クーガーはその背負い担いでいた二人の人物……気を失っている桐生水守と橘あすかを地面へと丁寧に降ろした。 彼の状況と言動から察するに、先の非常事態の際、彼が二人を救助してくれたと言う事なのだろう。 空を飛べたなのはなら兎も角、あれだけ激しく揺れ動き、震動も凄まじく危険としか言い様のない状況の中で、咄嗟によく人間二人も救助できたものだと驚愕を抱くと共に、素直に感謝してもいた。 「……ありがとうございます。クーガーさん」 「いえ、みのりさんにしてもコイツにしても死なすわけにもいかないですからね。ホーリーとして当然の事をしただけですよ……ただ」 そう一度区切りながら無念そうな表情で口篭るクーガーの姿を見て、なのははどうしたのだろうと思いながらも、直ぐに違和感に気づいた。 クーガーが助けたのは桐生水守と橘あすかの二人。……だが思い返してみれば、あの場にはもう一人、そうなのはも良く知っている人物が居たはずなのだ。 「―――かなみちゃん!?」 何故直ぐに思い出せなかったのか、その信じられないような己の迂闊さに彼女が居ないという事実と共に顔を青褪めさせながら、なのははあの少女の名を叫んでいた。 「……ええ、あの少女のことでしょう? どうにもカズヤの奴の所に駆け寄ろうとあの瞬間に飛び出していったみたいで、二人を助けるのに精一杯で止める事が出来ませんでした」 俺としたことが速さが足りなかった! そう悔しげに唸るクーガー。その姿は少女を止められなかったことへの事実に対して己の無力さに苛立ちを抱いているかのようでもあった。 しかしクーガーを責めることは出来ないだろう。むしろ彼はあれだけの事態の中でこれだけの事を良くやってくれたと逆に評価されても然るべき。 一時的な感情に流され、事態を悪化させる引鉄の要因ともなってしまった己とは違うとなのはは思っていた。 「……とりあえず、もうちょっとだけ休んで体力を取り戻したら付近を探して―――」 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! そう続きを言おうとしていたクーガーであったが、直後に響いたその獣の咆哮のような叫び声に掻き消される。 「―――!? この声は………!?」 「―――カズヤ、でしょうね」 なのはが戦慄と共に呟く答を引き継ぐようにクーガーがその名前(間違っているが)を提示する。 今の叫び声……間違いない、どう考えてもあの咆哮を上げているのは彼だ。 “シェルブリット”のカズマ……この事態を引き起こした張本人の片割れ。 あの光の中へと消えていったと思ったのだが、無事だったのだろうか。 驚きと同時にしかし何処かホッとした安堵も抱きながら、けれどそれでもなのはの胸中を埋め尽くすのは不安であり恐怖だ。 先の叫び……自分や劉鳳と戦っていた時と変わらない、否、あれすらも凌駕するような叫び声。 それに恐らくは此処からかなり離れているはずなのに、それでも肌が粟立つように感じずにはいられない凄まじいプレッシャー。 行き場の無い憤怒、際限のない憎悪……そして、餓えた闘争本能。 間違いなく、未だ健在にカズマはそれを発し続けている。 恐らく、頭を冷やすどころか益々前以上に燃え上がり猛り狂っているのだろう。 「……カズマ君」 「……やれやれ、あの馬鹿も世話を焼かしやがって」 おちおち休んでる暇もありはしない、そんな愚痴を零しながらクーガーは座っていた岩から立ち上がる。 そして真っ直ぐ、先の咆哮が聞こえてきた方角を見据えながら呟く。 「……傷を負った獣は自身の痛みしか見えない――まさに今のアイツを表した言葉だな」 本当に世話を焼かしやがる、溜め息と共に呟かれた言葉はしかし同時にある種の覚悟をも同時に抱いていたことは向けられた視線からなのはもまた感じ取っていた。 「すいません、なのかさん。……どうやら、あの馬鹿をほったらかしにしとくことは出来そうにないんで、ちょっくら行って来ます」 かつて僅かな時間とはいえ共に時を過ごし、この大地での生き方と戦う術を教えた者としての責任が、兄貴分としての弟分を放っておけないその意志をクーガーは止められそうになかった。 だからこそ行って止めてこなければならない。これ以上にあの馬鹿が暴れ回ってはそれこそ色々なものが手遅れになりかねない。この大地の未来を憂う者の一人としても、それは看過できるものではなかった。 「ですから本当に悪いんですが、あの少女の捜索はなのかさんが代わりに――」 「――そんな! 危険すぎます!」 やってくれませんか、その頼みの言葉は結びを終えるその前に割って入ってきたスバルの制止の声に打ち消される。 やれやれと言った様子も顕にしながらこちらを引き止めるように前へと立ち塞がるスバルにクーガーは言い聞かすように言葉をかける。 「おいおいヒバル、俺を甘く見るなよ。こう見えて、俺は結構強いぞ。……それにな、これはアイツの元兄貴分としても俺がやらなきゃならない事なんだよ」 「それでも危険です! いくらクーガーさんでも今のあの人を相手にするなんて」 下手をすれば……否、下手をせずともそれは恐らく命懸け。 先の怒れる復讐の獣と化していたカズマ……あの闘争の悪鬼の如き姿を目にしていれば尚更に。 加え、恐らくは劉鳳の力もあったのだろうが挙句の果てにはこの再隆起現象である。 現状では危険度など未知数……どれ程の強さも安全の目安になどなりはしない。 だからこそ、クーガーの言う実力云々はどうであれ、知り合いを危険地帯の中へと行かすなどそれこそ死にに行かせるようなものだ。 君島の件に一区切りをつけ、新たな決意を抱き直したスバル・ナカジマからすればこの必死な引止めもまた尚更のことである。 しかし少女のそんな危惧はどうであれ、クーガーもまたこればかりは譲れない……否、正確には現状に置いても自分しか適任がいないというのも事実なのだ。 シェリスは負傷、瓜核はシェリスを連れて撤退。残存しているホールドの部隊とてこの一大事にそれどころではないというのが現状であり、そもそもどれだけの部隊を引き連れてこようとも今のあの獣は止められない。 マーティン・ジグマール……彼にしてもこの非常時では動けないのも事実であり、そして何より彼はもう戦わせてはならないことを薄々であれどクーガーもまた気付いていた。 だからこそ自分、この瞬間、この場に置いて、彼を止めるだけの力を有し、そして戦えるのは自分だけだ。 損な役回り、命懸けではあるが文句を言ってもいられなければ、ましてや逃げ出すことなど自分自身が絶対に許しはしない。 ならば―― 「――クーガーさん、少し良いですか?」 強引な手法でスバルを退かしてでも行く、その覚悟を固めかけていたクーガーへとしかし次に言葉をかけてきたのは彼女ではなく高町なのはの方であった。 両者の口論を見守っていた彼女が口を開いたことに二人の注意もまた同時にそちらへと向く。 「何です? まさか貴女まで俺に行くなって言う心算じゃないですよね?」 甘い……否、優しすぎるお嬢さんたちは同時に頑固すぎて扱いにもまた困る。そんな辟易とした思いを胸中で抱きかけていたクーガーになのははハッキリとした口調で、その言葉を彼へと向かって告げてきた。 「私が、彼を止めに行きます」 ずっと考えていた。そして思ってもいた。 先の一件、取り返しのつかない事態へと発展してしまったこの現状への後悔と、力ばかりで彼へは決して届きはしなかった告げるべき言葉と伝えたい自分の想い。 まだ、まだ間に合うはずだ。否、間に合わせなければならない。この大地で固めた戦うべき目的と意志にかけてそれを諦めることなど断じて出来ない。 だからこそ、クーガーではなく自分が行く。そう決意を込めてクーガーへと彼女は告げたはずであった。 しかし―― 「冗談でしょう? 他の誰よりも貴女だけは行かせるわけにはいきませんよ」 ――相手から返ってきたのは、思ってもいなかった強く拒絶の意志を込めたその言葉。 クーガーの返答にそれこそ何故だとその表情にも顕にするなのは、そんな彼女にクーガーは今までにない真剣な口調でその理由を告げてきた。 「まぁハッキリ言ってしまえば―――なのかさん、あの馬鹿に貴女の声は届きません」 そう、決して届きはしないだろう。 その確信に近いモノがクーガーにはあった。だからこそ、なのはの為にも、そしてカズマの為にも、今の彼女を行かせてはならないとクーガーは判断したのだ。 「自分でももう気付いたんじゃないんですか? こうして派手にぶつかり合ってみて分かったでしょう。あの馬鹿には、貴女の伸ばす手を取ろうとする意思がない」 彼女の生き様、貫こうとするその意志を否定するわけでは決してない。クーガー個人の価値観から見ても、彼女の思い、その決意は大変美しくて素晴らしい。 素晴らしいのだが……だからこそ、逆に彼女の目指す理想はこの大地には美しすぎる。 綺麗事……あの反発心を形にしたかのような男に、自らの確信以外を決して信じず、省みることの無いあの男には、きっとそうにしか見えないはずだ。 だからこそ届かない。ただ障害と認識し、振り払うように歯牙にもかけずに進み続ける。そういう男なのだ、カズマというあの男は。 相性と言い換えても良いだろう。高町なのはとカズマ。高潔な理想を掲げる悠久の空を翔る翼持つ彼女と、我が道以外に何も無い、最低最悪の大地の上に君臨するしかない獣とでは相容れるべき妥協点からしても絶望的だ。 振り上げる拳、握り固めるソレしか知らないその手は、差し伸ばされる他者の手を掴むなどということはありえない。 このまま彼女を行かせても、その結果は覆るまい。きっと悲惨な結果、明確な拒絶による血みどろの争いの発展へしか道も無いはずだ。 だからこそ、そんなカズマに拒絶される彼女をクーガーは見たくなかった。そうして命懸けで傷つき、無駄にすらなりかねないリスクを彼女には負わせたくなかったのだ。 「貴女はここにいてください。みのりさんも居ます。今は彼女を守って彼女と一緒にいてください」 今、高町なのはがすべき事。その固めた決意、想いを確実に実現させる為に動くとするならば、関わるべきはカズマではなく桐生水守、そうクーガーは考えていた。 女子供の絵空事、稚拙なまでに青臭く、実現性に乏しい理想だが、その美しさに惚れ込み肩入れすることを決めた身としてはここで彼女には耐える事を選んで欲しかった。 危ない橋を渡るのは、命を懸けるのは男の役目。ここが所謂己自身の正念場だとクーガーもまた覚悟を決めての、それは促がしであり願いでもあったのだ。 しかし―― 「それでも……それでも、私に行かせて欲しいんです」 引き下がることも無く、ハッキリと目を逸らすことなく言ってくる彼女の言葉。 その告げる言葉、こちらを見据えるしっかりとした視線。それを見て故にこそクーガーは重い溜め息と共に思ってもいた。 やっぱり、そう言ってくると思ってました……と。 握った拳と握手は出来ない。 それは高町なのはから見て今の自分と彼の現状すらも如実に物語る言葉であった。 それを理解していたからこそクーガーもまた自分にそう言ってきたのだろうというのはなのはもまた分かっていた。 実際、その通りだ。四度に渡る交流の内二度の激突。総計しても己が望む想いがカズマへは繋がっていないこと、逆に亀裂を深めてしまったことは身に染みて理解している。 この想いは言葉は、彼へと届きはしない。差し出した手を彼が取ってくれることもない。 分かっている。……そんなことは今更言われなくとも十二分に承知の上だ。 だがそれでも―― 「それでも……それでも、私に行かせて欲しいんです」 無理なものは無理。どんなに頑張ろうとも結果的には不可能。そんなものはこの世の中、探してみればごまんとある。この選択肢が限られた大地の上では尚更に。 だがそれでも、結果的に無理な事が明らかだとしてもそれでもそれは諦めることとは違うと思う。 勝手な言い分だが、自身の確信を否定されるからと恐れていては、諦めていれば、それは何もしないこと、何も出来ないことと何ら変わらない。 そんなものは嫌だ。少なくとも、高町なのはにはそんな賢しらに達観するだけの潔さは自らの内には無かった。 それがジグマールの言うところの若さ、或いは青さそのものであったとしても、それでもそれがあるからこその自分だともまたなのはは思っていた。 それこそ、全ての小賢しい修飾を剥ぎ取って言ってしまえばそれは単なる利己的な願望。 そうしたいから、そうする。 恥も外聞すらもかなぐり捨て、結論だけを言ってしまえばそれだ。 カズマを放っておけない。自分の伝えるべき想い、言葉を伝えたい、手を伸ばしたい。 少女の小さな願い、それを叶えると約束した責任と義務感。そして自身の願望。 大局を捨てる責任放棄も同然だ、だがたとえそうだとしても今目の前で自分に助けを求めてくる人がいた。ならばこそ、それを無碍には出来ない。 自分にとっての原初の決意。始まりの願望。思い出したソレらを無視することは今のなのはには出来なかった。 だから止まれない。ストレイト・クーガーがその不器用な優しさでこの身を護ってくれようとしても、自分自身が納得できない。受け入れられない。 助けるのは自分の役目だ。護るのは自分の役割だ。 度し難いほどに傲慢で稚拙な独善さを自らでも自覚していようが、その最後の一線の部分だけはどうしても他人に譲れそうにない。 本当に……諦めが悪くて我が儘だ。 それでもこの手に望んだ魔法の力がある内は、自らで固めたこの信念を打ち崩さない内にはもう譲れない。譲れないのだ。 「……本当に、頑固なお人だ。貴女は」 しかし桐生水守にも通ずるその輝きに魅せられたからこそ、彼女のやり方に肩入れすると決めたのもまた己だとストレイト・クーガーは認めていた。 そして同時に気付いていた。彼女の示すその決意、信念を垣間見てクーガーは気付いてしまったのだ。 ……ああ、この人はもう止まらないんだな。 と。 真っ直ぐにひたむきで、そして尊くも綺麗な理想。 それは荒れくれた無法の大地を生きる為に駆け抜けたクーガーが、その余生の終わりに見てみたいと思っていたものにも或いは通ずる。 この大地には似合わない、そしてありえない、土台無理であるはずの小奇麗な絵空事。 しかし、或いはこの大地にさえ生まれていなければ、自分にもまた触れえたかもしれないそんなifの生き方、可能性。 それを示してくれる、命を懸けてまで為そうとしている彼女を見届けたいとクーガーは思った。 そしてだからこそ、自分の手で出来る限り護ってやりたいとも思ったのだ。 ……けれど、それはもう無理らしい。 「……籠の中の鳥は、それでも空へと羽ばたくことを憧れる……か」 あの悠久の空を飛ぶための翼を、己の思いだけで縛り付けておくことなど出来ないし、してはならないことくらいは分かっている。 鳥は空へと還る、いや還さなければならないのが正しい生き方だとも思っていたから。 どうやら、本当に鳥籠としての己の役割もお払い箱らしい。 それは本当に……本心から、惜しいとも思った。 出来ればもう少しでいいから、この最高の戦友と共に戦っていければと思っていたのだが……それも、今ここで終わりということらしい。 「……分かりました」 「クーガーさん!?」 やれやれと頷くクーガーにスバルが信じられないように彼の名を叫んだ後、戸惑うように今度はなのはの方へと慌てて視線を向ける。 クーガーが行くのを思い留まってくれた……それはいい。 だが問題は今度はこっち、次はなのはがカズマの元へ行くなどと言い出したことだ。 まったくもってスバルには訳が分からなかった。そして訳が分からずともそれでもハッキリと直感的に察せられたのはやはり高町なのはもまた行かせてはならないということだ。 それは実力云々だとかそんな問題ではない。ただ本能がなのはを行かせることは危険だと、きっと取り返しのつかないことになると予感していたからだ。 「なのはさん!?」 だからこそ行かせない。行かせるわけにはいかない。そんな思いで慌てて彼女まで駆け寄ってそのバリアジャケットの袖を掴むように飛び立つことを踏み止まらせようとする。 「スバル………」 「行かないでください! 置いてかないでください!……なのはさんッ!」 必死に涙まで滲ませた瞳を向けながら、呼び止める為に言葉を張り上げ嫌だ嫌だと首を振る。 傍から見れば、それは我が儘を示して親を引き止めようとする幼子が起こしそうな光景だったが、それでも今のスバルからしてみれば恥も外聞も何一つ関係なかった。 行かせてはならない。行かせたくはない。その思いしか今のスバルの頭の中には存在していなかったのだから。 漸く取り戻した歩むべき道、その導と言って良い存在がスバル・ナカジマにとっての高町なのはだ。 今彼女の手を離してしまえば、それらが永久に失われてしまうのではないか……そんな嫌な予感が後から次々と沸いて来て仕方が無かった。 だからこそ、必死になってスバルはなのはを呼び止めようとする。行かないでと掴むその手を決して離さずに固く握りこむ。 なのはに傍に居て欲しかった。今度は間違わないように自分を導いて欲しかった。 明確な目指す目標として、その背を自分の目の前で示しておいて欲しかった。 だからこそ、酷い我が儘を承知の上で、彼女が困るだろうことが事前に分かりきっていたとしてもそれでもスバルは繋ぎとめたかったのだ。 だからこそ―― 「行かないで……お願いします。……行かないで」 君島邦彦の二の舞はもう二度と御免だ。 掌から失いたくない大切なものを……これ以上、取りこぼしたくはなかった。 そうやって必死に訴えてくるスバルへと、しかしなのはは静かに首を振りながら、優しく彼女を抱きしめた。 「……大丈夫。大丈夫だよ、スバル。私は何処にも行かない。スバルを……皆を置いて行ったりなんかしないよ」 それはまるで幼い子供に言いきかせるような優しさを込めた言葉。 不安で堪らなくて、泣きそうな子供を励まそうとするかのような力強い言葉。 「私はいつでも皆と一緒。いつだってどこだって、同じモノを目指し続けてる限り置き去りにすることなんてないよ」 むしろそれを護りたい、護るからこそ戦っている。戦いへと赴くのだ。 それはこの少女にもしっかりと教えたはずの言葉であり、自分自身にすら常に言いきかせてきた誓いでもある。 「仮に……もし仮に、いつか離れ離れになることがあったとしてもだよ……スバルが私を目指して追いかけてきてくれるなら、きっと直ぐに追いついてくれるよ」 いや、追いつくどころかあっという間に追い越してくれる。 自分が築き上げてきたもの、護り抜いてきたものを更に強固なものとして引き継いでくれる。 自分たちが同じ理想を抱き、同じものを信じ、目指し、護っていく限りはいつだって一緒だ。 陳腐な言い方でこの上ないが、それでも心は繋がっているのだ。 「だから大丈夫。きっとまた私は帰ってくるし、私たちはいつかまた出逢える」 それを信じて、今はこの大地の上を、空を、自分の信念で飛ばして欲しいとなのはは願った。 自分の後を継ぎ、進んで行ってくれる次代を担う若き可能性を護る意味合いを込めても。 今はただ迷わずに、彼の元へと行かせて欲しかった。 言うべき言葉、伝えたい想い、差し伸べたい手。 あの明日を省みない獣に、明日を願う自分はそれを示さなければならない。 これは他の誰でもなく、高町なのはがやらねばならないこと。 由詑かなみの願いを叶えると決意した、不屈の魔法使いが果たさなければならないことだったから。 「私は負けない。スバルが憧れてくれたなのはさんは、誰にも負けない。無敵のエースだからね」 この想いが消えないうちは、誰にだって負けはしない。 支えてくれる者たちが力を貸してくれる自分は、いつだって一人じゃないから。 だから――――大丈夫。 そうスバルへと、自らに課す誓いの意味合いも込めてなのはは微笑みと共に告げた。 「……行っちまったな」 「はい………」 クーガーの言葉に頷きを示して答えながら、彼と同じようにスバルはなのはが飛び立っていった空を見上げていた。 行ってしまった高町なのは。見送ったスバル・ナカジマとストレイト・クーガー。 傍から見ればこれは置いてけぼり……しかし、だからといって何も出来ない訳では無い。 「ならヒバル、俺はあのお嬢ちゃんを探しに行ってくる。お前はみのりさんたちの事を任せたぞ」 「はい……クーガーさんもお気をつけて」 ただ突っ立って待っているだけではない。自分たちには自分たちに出来る事を。 彼女が安心して帰ってこられるそれまでに、果たしておく義務があった。 だからこそ、今はその役割を精一杯に果たそう。 自分を信じて、彼女を信じて。 それが今のスバル・ナカジマにとっての戦いの始まりでもあった。 十年前のあの日、私は運命に出会った。 喫茶『翠屋』を経営する高町家の末っ子の次女……それが私の元々の立場だった。 温かな家庭、優しい両親、立派な兄と姉。 不満なんて一つもないくらいに満たされていて、私は確かに幸せだったと胸を張って言う事が出来ると思う。 ……けど、 『なのはちゃんにしか出来ない事、きっとあるよ』 ……そう、あれは丁度十年前のあの日、アリサちゃんやすずかちゃんと将来の事を話していた時の事だ。 友達が未来へのヴィジョンを持って夢を語る中、私には何も無かった。 温かな家庭、優しい両親、立派な兄と姉、そして大好きな二人の親友。 何もかもが揃っていて、満たされていた。そこに不満なんて何も無かったし、そんなもの抱くこと自体が贅沢な我が儘なのだと思っていた。 私は幸せだった、満たされていた。それは絶対に間違いないこと。 ……けれど、満たされていたけれど、私はそれだけだった。 現在が幸せで、満足で、これ以上は何もいらないとは思っていた。 けれど同時に……これがいつまでも続いてくれるのかどうかという漠然とした不安があったのは事実だ。 浮き彫りになったのは学校の授業、将来何になりたいかというありふれた話の時のことだった。 アリサちゃんもすずかちゃんも、形として見える未来……夢を持っている中で、私だけがそれを持っていなかった。夢や未来を語ることが出来なかった。 振り返ってみれば、あの時くらいの年齢ならば今考えてみても私みたいなのは本当は大して珍しいものでもなかったのだろう。 けれど当時の私にとっては、あの時に一人だけ形とした夢や未来を語れなかった私は二人に置いて行かれたかのような思いを正直に抱いてもいた。 夢や未来を語れる二人がこの上もなく立派に、そして眩しく、羨ましく映るのと同時に、一人だけ取り残されたかのような疎外感や寂しさを抱いてしまっていたのは事実だ。 ……そう、あの時の私は、“また”独りぼっちを味わっている気分だったのだ。 お父さん……高町士郎がお母さんと『翠屋』を始める前にやっていた仕事……今の私と似たような危険な仕事に就いていたというのを知ったのは随分と後のことだ。 けれど父がその仕事を引退する切っ掛けともなった原因……最後の仕事で負った命を左右するほどの大怪我。 結果的に父は助かった。けれど重傷であったのも事実であり、長い入院生活で家族の誰もがその父の状態に左右されていた。 母は始めたばかりの『翠屋』を経営していくことに忙しく、兄と姉もまたその手伝いや入院している父の世話などで奔走されざるをえなかった。 当時、唯一人幼かった私だけが何も出来ず、独りで時を過ごす他に無かった。 家族の事を恨んだ事は無いし、恨めるような立場でもない。私はお父さんが助かったこと、生きていたことが本当に嬉しかったし、早く元気になって欲しいともいつも願っていた。家族みんなで本当に幸せに過ごせる日が早く来てくれることを待ち望んでいた。 ……けれど、本音を言えば独りぼっちにならざるを得なかったあの時期が、例えようも無く寂しく、辛いと思っていたのもまた事実だ。 結果的に、父のその入院から退院までの間に私を除く家族の絆は一致団結という形で高まり、父が復帰した後はより確かなものとなっていた。 当事者から除外された私だけが、一人だけ奇妙な疎外感(無論、勝手な主観的なものに過ぎないが)を感じて、居づらさを感じていたというのも事実だ。 家族の皆は仲良しで……仲が良すぎて、一人だけ幼くてその苦楽を共には出来なかった私だけが仲間外れ。 被害妄想も甚だしいことなのだが、寂しさと共にそれを感じていたのは事実だった。 だから、私だけが何も無いように感じられていたのだ。 お父さんは家族を護って『翠屋』を経営していくことが出来る。 お母さんはそんなお父さんと同じ道を歩みながら、それを支えていくことが出来た。 お兄ちゃんやお姉ちゃんにしても、それぞれ未来への明確な目標へと向かって努力していた。 誰もが眩しく、家族として誇れるくらい立派で……だからこそ尚更、私には何も無いという事実が浮き彫りにされてしまっていた。 私だけが……私だけが家族の中で何も持っていなかったのだ。 そしてあの時、学校で話題に上がった将来の夢について。同い年のアリサちゃんやすずかちゃんさえも夢や未来のヴィジョンを持てる中で、ここでも私は自分だけが何も持っていないという事実を思い知らされた。 『でも、なのはも喫茶翠屋の二代目じゃないの?』 それも選択肢の一つとしては確かにあったのだろう。 手伝いだってあの頃には出来る様になっていたし、ちゃんと将来真剣に修行すればお母さんの後を継ぐことだって出来たとは思う。 ……けれど、それは何かが違うのだとどうしても思えてならなかった。 贅沢な悩みと、聞く人が聞けばそれこそ自分勝手な我が儘だと思われるかもしれない。けれど、『翠屋』を継ぐというのは自分の中では何かが違うと納得出来なかったのだ。 ……多分、その理由はあの店が元々私の両親のものだったから、なのだと思う。 元々あの『翠屋』はお父さんとお母さん、二人の夢として始めた、二人のものなのだ。 確かに、親の後を継ぐというのは子供の権利であり、時に義務である場合もある。二人が何も持っていない私の為に、選択肢として残してくれようとしていたというのは分かる。 けれど、それでは違うのだ。私が抱いていた悩みに対して何の解決にもならない。だって、それこそ贅沢で我が儘だと言われてもしょうがないのかもしれないが、それでも私は他人から与えられたものではなく、私が、私だけが持ち誇れる何かが欲しかった、あって欲しかったのだ。 高町士郎や高町桃子の娘である高町なのはという以上に。 ただの少女である高町なのはだけが持っている何か……当時の私は、それが欲しかったのだと思う。 本当に酷い贅沢で、我が儘だ。けれど、あの時の私は――― ―――それでも、私だけに出来る何かを求め続けていた。 そしてあの時、私はユーノ君に、レイジングハートに、そして魔法の力に出会った。 運命、実に陳腐な表現だと笑われるかもしれない……けれど、私にはあの出会いが始まりであり、今の私という存在の全てなんだと思っている。 成り行き、ただ巻き込まれただけ……始まりは偶然だった、確かにそうかもしれない。けれどこの世界に踏み込み、これから先も進み続けていくことを決めたのは私自身の意志だったというのは確かだ。 この手には魔法の……誰かを救えるだけの力がある。 何も持っておらず、憧れに手を伸ばすことすら出来ないほどに臆病で、無力で独りぼっちでしかなかったはずの私に、そんな力があったのだ。 ジュエルシードの回収をユーノ君に頼まれ、手伝っていた最初の頃はそんな独り善がりの使命感に酔っていなかったかと問われれば否定できないだろう。 実際、中途半端なだけのいい加減な覚悟や使命感で臨んでいたせいで街に大きな被害を齎してしまいかなりのショックを受けた。 だから、私は私の持つ力とそれを本当に扱う理由に明確で曲がらない責任感を持つ事を誓い直した。 それを選んだならばこそ、最後まで責任を持って貫き通すのだと……… そうして改めて誓いを建て直し、ジュエルシードを回収し直しはじめた私たちの前に現れたのがフェイトちゃん………私の生涯最高の親友だ。 訳も分からず状況に流されるままに最初は敵対せざるを得なかった私たちだったが、だからこそ私は彼女が何で戦っているのかを知りたかった。 理解は知ろうとすることから始まる……何よりも私は、彼女の事をもっと知って、そして友達になりたかったからだ。 きっと分かり合える、信じ合うことが出来る、それを最後まで信じ続けたからこそ私はあの想いが通ったのだと思った。 彼女が抱え続けていたもの、それを傍で支えてあげられることの出来るようになりたいと思った。何よりも、決して幸せには見えない、辛そうな彼女を助けたかった。 ……だからこそ、ジュエルシードを巡るあの事件。私とフェイトちゃんが友達になれた時、彼女を助け彼女の笑顔を見た時に思ったのだ。 これが本当に、私がやりたかったことなのだと。 これが本当に、私が見たかったものなのだと。 私は、私の魔法の力で―――誰かの笑顔を護りたかったのだ。 「……そしてそれは、きっと今も変わらない」 己に言い聞かすように呟く原点回帰の結論。誰かの笑顔を護る為に、悲しみを吹き飛ばす為にこそあるべき魔法の力。 ……そう、その為に自分はこの十年を駆け抜けてきたはずだ。そしてその道にだって、後悔は決して抱いてはいない。 そんな悲しみや後悔を抱いたり抱かせたりするような結末は、絶対に訪れさせなどしないと戦ってきたからだ。 だからこそ今だって――― 「……はやてちゃん、聞こえる?」 先の戦いの影響か、次元にすら干渉する人知を超えた規模のエネルギーが発生した名残が強いのかどうにもロングアーチとの通信が取り辛い。 だが今はそんな文句を言っている場合でもない。是が非でも急ぎ部隊長たる八神はやてに取り次いで聞き入れてもらわねばならない用件があった。 『……なのはちゃんか!? どうなっとるんや、こっちはえらい騒ぎになっとる。皆も無事なんか?』 状況把握より先に仲間の安否を気遣うあたりは彼女らしいと言えばらしい、それは彼女の美徳であり優しさでもあるのだろう。 改めてはやての皆を気遣う優しさを実感しながら、しかし今は一刻を争う事態の為に状況を詳しく説明している暇も無い。 ある種の義務を放棄し権利だけを主張しようとしている自分に改めて隊長失格だと自覚を持ちながら、けれどそこにはあえて触れずに本題だけを切り出す。 「皆の方は色々あったけど何とか大丈夫。……はやてちゃん、詳しく説明している暇も無いけど黙って聞き入れて欲しいお願いがあるの」 なのはがこの時はやてに向かって言ったお願い……それはたった一つ。 六課の部隊長である彼女にしか許可を出せない、けれど今は出してもらう必要があるその要請。 即ち――― 「―――リミッター解除を申請します。八神部隊長」 そうはっきりと、なのはは念話先への彼女へと告げた。 「……リミッター解除って……そんなヤバイ状況になっとるんか? 他の皆は……っていうか『HOLY』の人らかっておるんちゃうんか?」 突如発生した次元震、連絡が取れず混乱した情報が錯綜するロングアーチの最中に唐突にかかってきたなのはからの連絡。 情報が断絶し、情報把握もままならず事態の正確な危険度すらも判断できぬ状況でなのはが申請してきたそのリミッター解除要請。 だがはやてには無論の事ながら二つ返事では即座に答えられない。 理由は主な対象だったJS事件が終了していようと未だ六課という部隊にかかっている保有魔導師ランクの制限は変わっていないこと。隊長クラスのリミッター解除申請にはリスクや制約が大きいという現実。 そして何より……… 「……なのはちゃん、無茶しようとしてるんやないやろな?」 親友を案ずる八神はやて自身の心境がそれを躊躇わせる。 状況はただでさえ把握不可能な未知の危険な事態、そんな中で突如連絡を漸くに寄こしてきたかと思えばいきなりのリミッター解除要請。 何よりなのはには未だゆりかご戦の影響だって残っているはずだ。 胸を不安で焦がす彼女の直感が、なのはが途方も無い無謀且つ無茶な行いをしようとしているように思えてならなかった。 下手をすればそれこそ八年前……否、それすら上回る最悪の事態にだってなりかねない。 仮に本当に緊急を要する事態だと言えども、なのはに状況を説明してもらえば何か彼女が無茶を行わずに済む打開策だって自分が編み出せるかもしれない。 故にこそ、はやては此処で安易に状況に流されるわけにはいかなかった。 「……どうなんや? 本当にリミッター解除が必要な事態なんやったらその理由を詳しく教えて欲しいんやけど。何も言わずに聞き入れろかってそれこそ流石に無茶や」 少しでもなのはとの会話を引き伸ばしながら、状況を判断する情報を集めて事態を把握する。そうしようと会話の主導権を握る為に更に言葉を紡ごうとしたその時だった。 『……どうしても助けたい人がいるの。叶えてあげなきゃならない願いがあるの。……その為には全力全開で臨まなきゃならない。……この理由じゃ、駄目かな?』 なのはらしいと言えばらしい答なのだろうが、しかしそれだけではどういう状況かは分からない。彼女が助けたい人とは誰であり、叶えたい願いとは何なのか。 それは本当に限界を超えかねない無茶を代償にしてまでなのはが行わねばならないことなのだろうか。 こんな事を考えるのもいけないことだとは分かるが、それは自分にとってなのはを天秤に掛けてまで聞き入れるに足る価値があるのだろうか。 正直に、なのはの身を案じる思いからはやてはそんな風にすら思っていた。 親友として、部隊長として、なのはを自分なりに護る為にはどうすれば良いのか。 葛藤に胸焦がされるはやてへと次になのはがかけてきた言葉はしかし――― 予想通りにそう簡単には要請は通りそうになかった。 仕方が無いことだ、自分の方が無茶な要求ばかりをしているのだからそれではやてを責め様という心算もなければ道理も無い。 最悪の場合はそれこそ……このままやるしかないということになるが、そうなったらそうなっただ。既に覚悟は固めてある。 それでももう一度、敢えてはやてへとなのはが声をかけたのは…… 「……ねえ、はやてちゃん。私たちは機動六課だよね?」 抱いた思いとその決意を、他でもない彼女へと聞いて欲しかったからかもしれない。 唐突な何の前フリも無いその問いかけに念話の向こうの彼女が戸惑いを抱いているのはなのはにも直ぐに察せられた。 脈絡の無い質問、そう捉えられても仕方ない。これから自分が言おうとしていることとて決して整合性の取れた弁論でもない。 それでも今は彼女に……夢と決意を分かち合った親友に己の思っている正直な思いを告げたかった。 「………四年前のあの日、私とフェイトちゃんとはやてちゃん……三人で誓い合った事を覚えてる?」 『………後手に回らんで一秒でも早く動いて事態を解決できる、そんな少数精鋭のエキスパート部隊の設立』 はやての返答になのはもまたそうだよと頷いた。 四年前の臨海空港火災で思い知った現実と歯痒さ、そこからその解決の為に動こうと誓い合った約束。 一秒でも早く苦しみ助けを求めている人々を最速で助けられるようにと願った部隊。 此処はミッドチルダではないし、あの夢に多感で真っ直ぐに抱き続けられた少女の時代の幻想は遙かに遠い。 夢の部隊と信じた六課の設立目的もまた、あの誓いが全ての理由ではなかった。 だがそれでも――― 「私の夢は、想いは……あの時からずっと同じままではやてちゃんに預けたままだよ」 そう、誓い合ったあの日の夢も想いも情熱も、色褪せることも陰る事も無く今だって自分たちの夢の部隊―――この機動六課に捧げて共にある。 だからこそ、その預けた夢、重ねた想いの行方を曲げたくはない。裏切ることは出来ない。 「此処は確かにミッドチルダじゃない。私がしようとしていることだって夢を言い訳にした勝手な自己満足なのかもしれない。……許されるなんて、自分でも思っていない」 ミッドチルダと管理局を護る為の機動六課の方向性を別のモノへと向けてしまっていることだって理解はしている。 だがそれでも――― 「―――それでも、今の私には一秒でも早く、助けてあげたい人たちがいるの」 そう、今この瞬間のこの場所で、目の前にソレは存在している。 そしてソレを助ける……大局を見誤っていると言われても仕方の無い我が儘を通そうとしているのは承知の上。 だがそれでも―――もう、立ち止まれない。 決めたのだ、己の在るべき在り方を。 思い出したのだ、本当に見たかったものが、護りたかったものがなんなのかを。 だからその為に―――進む。 ただ前を見て、上を目指し、迷いや後悔を抱いて立ち止まらぬように。 自分が抱いた譲れない大切な信念、それを握り締めて戦うのだと。 戦って……目の前の壁を超える、と。 機動六課の理念と信念。 親友や仲間達と誓い合った夢や希望。 何よりも高町なのはが高町なのはであるための、その不屈の信念に懸けて。 「……私は私の信念を、この大地で貫き通したい」 勝手な我が儘。理解しろなどと間違っても思わなければ、言える立場でもない。 どこまでも身勝手で馬鹿で傲慢な、どうしようもない己の衝動。 「だから……はやてちゃん、ごめんなさい」 詫びる、心から。形だけのものと言われても仕方が無いが、それでも誠意が欠片でも残っていると言うのなら言わないわけにはいかない。 親友の彼女に。そして彼女を通して仲間の皆へ。 今まで自分を護り続けてきてくれた、この厳しくもそれでも優しい世界へと。 訣別としてではなく、決意の度合いと覚悟の程を、その重さの貴さを自分自身でも忘れない為に。 刻み付けた思いと、その思いをこれから全力全開で通す為に。 「だから私は―――」 『―――もうええ』 行くよ、そう告げようとしたのを遮ってはやてが唐突に言ってきた言葉は、震えていた。 ある種の感情の爆発を、必死に耐えて抑えつけようとし……けれど出来そうに無い。 そんな不安定な危うい均衡を、堤防を決壊させるかのようなはやての悲痛な叫びが響く。 「なのはちゃんは勝手や! いつもいつも、自分だけで決めて自分だけで背負う! 私らの心配なんか聞き入れもせんで無茶ばかりする!」 その癖こちらにそれを助けさせてくれない。 酷い身勝手だ、我が儘だ、そして何より……卑怯で悲しいと思う。 そんなに自分たちは頼りないのか、そんなに自分たちに力を貸されるのが嫌なのか。 和を尊び、それを護ろうと戦っているくせに、この親友はいつも孤独な戦いばかりを続ける。 歯痒い……あまりにも歯痒く、そしてそれ以上に悔しい。 「信じて待ち続けるのが、どれだけ辛いか、待たされる立場がどんだけ悔しいか、なのはちゃんは考えたことがあるんか!?」 その身勝手で傲慢な我が儘を、不可能を可能に変え続ける不屈の強さを信じ続ける裏側で、その信じ続けるということ自体にどれ程の心労があるのか分かっているのだろうか。 「なのはちゃんは矛盾しとる! 他人が無茶することを絶対に許さへん癖して自分だけは無茶ばっか通す!……そんなん自分に甘いんと何処が違うんや!?」 だからこそ、許せない。だからこそ、許さない。 もう二度と、八年前のようなあんなことは繰り返させない。 孤独と無茶に彼女を押し潰させるようなことはさせない。 大切な友達を一人で戦わせ続けるなど絶対に―――絶対に、許さない。 それで万が一の事などあってみろ。 それこそ自分は……自分は――― 「……まだ私、なのはちゃんに助けてもらった恩全部、返しきってへん」 そう、八神はやては高町なのはに大きな、とても大きな恩がある。 自分の命と、そしてそれ以上に大切だとも思う最愛の家族たちの命。 フェイトと共に彼女に助けてもらったその恩とも呼ぶことすらも憚られる大きな事実。 その返済は、まだまだ全然出来てない。 それだけではない、先程になのは自身が言ってくれた自分たちの夢だったこの機動六課という部隊。 この夢の設立の為に支えてくれ、尽力してくれた新たな借りだってある。 全部、全部……まだまだ返済はこれからなのだ。 だから…… 「……だから、お願いやから私らを置いて何処かになんか行かんといて……お願いや」 心の底から、或いは縋り付いていると笑われても自分でも仕方が無い事を承知の上で、はやてはそれでもなのはを引き止めようとそう嘆願する。 行かせたくなかった。ここで彼女を行かせてしまったら、それこそ――― ―――それこそ、もう二度と彼女は自分たちの元へは戻ってきてくれないのではないだろうか? 心の底から沸き上がってくるこの嫌な予感を肯定してしまいそうになり、それがはやてには耐えられなかった。 部下の前だとか、部隊長の威厳や責任など……それら全てにすら二の次と放り出して。 それでも、はやてはなのはを行かせたくなどなかった。 しかし――― 「―――ごめん、はやてちゃん」 返答は最初から決まっていた。決まっていたからこそ、その言葉を躊躇うことも無く、自分は告げねばならないと思い、そして告げた。 なのはにとってもはやての言い分は否定できない。ぐうの音が出ないほどに己の矛盾を言い当てられたのは否定できない事実だ。 だから、彼女の言い分やそのぶつけてくれた想いは、なのは自身にとっても凄く嬉しいものでもあったのだ。 けれど――― 「……でもね、はやてちゃん。私はいつでも、自分一人だけで戦ってるなんて思ったことはないよ」 八年前までなら、確かにその過ちは事実であり訓戒と刻み自分でも認めている。 けれど再び空に復帰して以降、確かに相変わらず勝手な無茶は通してきた。けれどそれは必要性に迫われた時だけでもあり、ギリギリまで意識して無茶だってセーブしてきた心算だ。 それに何より……… 「私はいつだって、皆の想いと一緒に戦ってきたよ」 孤独な空の戦場、確かに見ようによってはそう見られているとしても仕方が無いのかもしれないと思うことはある。 「だけどいつだって、私を空で支え続けてくれたのは、戦いの中で力を貸してくれていたのは皆だったって思ってる」 確かに自分は皆を守る為に戦ってきた。だが同時に、皆の想いが自分を護ってくれていたからこそ自分はここまでやってこれたのだとも思っている。 限界の先の無茶を出す時でも、不屈の思いすら叩きのめされそうになった時でも。 いつだって絶体絶命の正念場で、最後に自分を支えてそれでも勝利に導いてくれたのは――― 「―――他の誰でもなく、私自身が護りたいと想っていた人たちだったって信じてる」 だからこそ、背負った重さ、重ねた想いは、いつだって裏切らずに自分を護り、支え続けてくれていた。 決して一人ではない、その思いが自分へと力を貸し続けてくれていたのだ。 だからこそ、 「私は一人じゃない。いつだって……いつだって、皆と一緒だよ」 そして一緒だからこそ、一人ではないからこそ、誰にも負けない。負けられないのだ。 その想いを、正直な答えを、言葉に乗せてはやてへと送る。 他の誰よりも強く、フェイトと並んで自分を護り支え続けてくれている彼女に。 そして、 「……それにね、私はもう充分以上にはやてちゃんからは恩返ししてもらってるよ。むしろ、私の方がはやてちゃんたちに恩返ししなきゃいけないくらいだとも思ってる」 これは心からの事実。 教導隊入りの時や、自分が大怪我を負ったあの時、それら以外にも多々ある自分にとって人生で最も大変だった支えを必要とした時期。 それらの時の尽くではやてたち八神家には本当に何度も世話になっている。 『闇の書』事件の時の事を色々と引き摺っているのかもしれないが、あの時のアレが仮に彼女の言う恩だったとしてもそれはもうとっくに倍以上の彼女たちの助けや支えによって返済されている。 それに何よりあれは…… 「私はあの時、見返りが欲しくてはやてちゃんを助けたわけじゃないよ」 恩だとか借りだとか、そんなものは一切関係ない。 打算や何かが目的として彼女を……彼女たちを助けようとしたわけではない。 「―――助けたかった。ただ私は……誰にも泣いて欲しくなかったから、皆の笑顔が見たかったから、悲しい結末になんてしたくなかったから……ただそれだけで戦っただけだよ」 それこそあの時も、昔からただ自分の我が儘とも言っていい思いを通そうとしただけ。 自分で思い、自分で選んで、そして戦った。 きっと誰かの為という表裏における反対、その自分の為に戦ってもいた。 だからこそ、 「見返りなんて要らない。恩だとか借りだとか、別にそんな風に気に留めてもらわなくてもいい。私は……私の想いを、私たちの友情を取引にはしたくない」 そう、見返りを求めてしまえばそれは既に取引だ。言い換えれば、それは外部との交易を許容してしまった自己愛も同じ。 それが悪いとは言わない、考え方の違いに過ぎないとも自分だって思っている。 けれど自己愛の為に愛でる都合の良い人形にだけは、自分の大切な人たちをそのようにはしたくない。 綺麗だと思い、護りたいと願い、見たかったと思ったその笑顔を。 ただ純粋に、何の理由も差し挟むことも無く見続けていたい。 ただそれだけだ。 だからこそ――― 「ありがとう、はやてちゃん。本音をぶつけてくれて」 嬉しかった。この思いもまた自分にとって活力となり、支えとなってくれる。 彼女だけではない、自分と関わる大切な人全ての想いが負けない力となってくれる。 ああ、やっぱり私は一人じゃない。 人間の本質がたとえ孤独であったとしても。完全には心を重ね合わすことも出来ず、本当の意味での理解は出来ないのだとしても。 それを求めて、それに焦がれて、それに手を伸ばし続けることは出来る。 個という絶対の孤独の中で、それでも他者に手を伸ばし続けることは、言葉を投げかけ続けることは、 名前を呼び続けることは―――決して、無駄でも間違いでもない。 だからその為に、その信じた想いを偽らないために――― 「―――行って来ます、みんな」 己の護ると決めた全てのモノへと決意という形に変えて高町なのははそう告げた。 そして高町なのはのその返答に八神はやては――― 「レイジングハート! エクシード―――ドライブ!」 『―――Ignition.』 暗雲覆い遠雷の高鳴るロストグラウンドの空、その上空の一点に存在する白き魔導師が高らかにその命令と共に自身の相棒にして愛杖たる一心同体のデバイスを天を突くように突き上げる。 不屈の名を冠し、十年もの長きに渡る日々、共に戦い続けてきた魔法の杖は主のその命に高らかな受諾の意思を表明する。 瞬間、白き魔導師の全身を覆うのは桜色の閃光。 それが収束し、再び飛び出すように現れた彼女―――高町なのはのその姿は一変していた。 今までの通常状態のバリアジャケット―――アグレッサーモードが『長時間の凡庸的活動』に重きを置いたスタイルだとするならば、こちらはそれとは運用も異なる完全な別物。 エクシードモード。 高町なのはの空戦魔導師としての資質を最大限に活用する為に組み上げられたモードである。 高速機動、省魔力の概念をあえて切り捨てた代償としての絶対的な強度を生み出すことにより、彼女自身が最も得意とするスタイルで最大限に戦えるように想定された姿。 彼女にとっての『完全な戦闘用』としての意志の表れを示すものである。 沈黙の果て、八神はやてが通してくれたリミッター解除の要請を示すように、全身に今度こそ全力の魔力が立ち込めてくる。 ……だが出来れば、彼を相手にこのモードは使いたくはなかった。 始まりの出会いはなし崩し的な状況での戦闘。話し合う暇も何も無い慌ただしいものだった。 再びの出会い、彼の本質の一部を知り、この大地の厳しい在り方を突きつけられ、けれどそれでもだからこそ、相互理解の歩み寄りの為に彼と戦うことを自身に禁じた。 けれど先程の大乱闘、かなみの願いを叶える為、そして自分自身の思いからもカズマの暴走を止めたかったからとはいえ、不覚にも状況への焦燥と苛立ちに駆られ、結局は自分が事態悪化の引鉄を引く原因とまでなってしまった。 ……そして今、 「……だからこそ、もう間違えない」 止めてみせる。怒りと激情に駆られ、破壊に狂い破滅に進もうとしている彼を。 本当に悲しくて辛くて、泣きたい筈なのに泣けない憐れな獣である彼を。 今度こそ、絶対に必ず――― 「―――救ってみせる」 決意を言葉に乗せてなのはは呟く。不退転の意地として、これしか方法が残っていないというのなら。 危険で荒いとんでもない無茶なやり方だとしても。 振り上げた拳の収める場所を彼が知らないというのなら。 溜め込んだ激情と共に、真正面から全力全開で自分がそれを受け止めよう。 もう一度、今度こそ本当に、彼と向き合ってお話をする為に――― 避けられない対決へと向かって、今不屈の魔法使いは高らかに迷い無く、飛び出した。 胸中で、その救うべき彼の名前を呼び続けながら…… 失った。 何もかもを失い、何もかもがどうでもよくなった。 ただ悔しくて、憎くて、収まりが付かなくて、 「劉鳳ォォォオオオオオオオオオ! 何処行きやがったァァアアアアアアアア!?」 その相手を叩き潰すことだけを欲して止まない。 何もかもを失い、掌から零れ落し、そして二度とは自分の元へそれらが戻ってくることも無い。 だから―――もう、いらない。 何もいらない、何も欲しない、何一つ必要とはしない。 求めない、手を伸ばさない、掴み取らない……背負わない。 温かさの素晴らしさを一度は身に刻み、それを護ろうと望んだからこそ。 失敗し、現実に打ちのめされ、手元から奪い取られた喪失感には耐え切れない。 君島邦彦も、由詑かなみも。 どちらも彼にとっては代わりなど無い程に掛け替えのない大切なものだったのだ。 ……そう、代わりなど無い。あっていいはずもない。 だからこそ、二度とあの温かな幸福は手元へと戻ってくるはずも無く、永久に失われ、痛みと喪失感と屈辱だけが、十字架として残り背負わさせられる。 ……そんなものには、耐え切れない。 だから、逃避先が彼には必要だった。 それでも残るチッポケな己の矜持。生まれ出で、この大地で生き抜いたという自分が生きた証の証明。 何も残さず、何も残せず、無意味で無価値に成り下がっただけの存在として己を終えるなどということは耐えられない。 過程にあった、背負い刻んできたこれまでのものを全否定されるということに我慢ならない。 だからこそ、この上もなくみっともなくて見苦しく、そして情けなかろうとも。 それでも、たとえたった一つであろうともまだ自分が存在しても良いという理由がカズマには必要だった。 それが劉鳳―――憎たらしく、気に入らない、絶対に許すなどということが出来るはずもない、己が己である為に打倒せねばならぬ対象。 もう何もかもを耐え切れずに捨て去り、逃げ出す先が最も気に入らない相手というのも皮肉が過ぎるがそれでもいい。 少なくとも、あの男ならば壊れない。失われない。またベクトルはどうであれ純粋な渇望として己同様にこちらを求めている。 己という存在を肯定せんが為の己を否定し、またこちらも否定すべき相手。 もうそれでいい。それで構わない。それだけでも我慢する。 だからいなくなるな。かかって来い。逃げるな。 俺から俺という存在意義を奪うな。 だからさっさと出て来い、劉鳳。 テメエだって俺のことが気にいらねえんだろ? だったら――― ―――もう二人だけのサシのタイマンでそれだけをし続けようじゃねえか。 死んだって構わない。命だって或いは……くれてやらんこともない。 だから出て来い、さっさとかかって来い。 俺の全てをテメエとの喧嘩にくれてやる覚悟は出来てるんだ。 だから――― 「……俺から、俺の前から……居なくなってるんじゃねえよッ!!」 俺が俺であるべき理由を。 俺の拳を振り上げる理由を。 俺から、奪うな! 故に求め続ける。 吼え猛り、暴れ狂い、後も先も関係ない衝動の化身と化して。 カズマはただ、ただ劉鳳だけを求め続ける。 それしか、自分には残っていないと思っていたから。 しかし――― 「―――カズマ君!?」 己のチッポケな名が呼ばれ、カズマは反射的に上空を見上げる。 「かな―――ッ!?」 奪われたはずの、失ったはずの、何よりも愛しかったはずのその声が己の名を呼んできた。 奇跡が己に応えてくれたのか、とらしくもないそんな思いで空を見上げ、そして結果的には落胆によりそれすらも裏切られた。 「……また……テメエかよ……ッ!?」 憎々しい、そんな感情すらも生温いほどの激しい感情を込めた苛烈な視線で睨みあげる。叶うのならば、この睨みだけで呪い殺してしまいたいとすら思うほどに。 それ程に見上げた空の上からこちらを見下ろすその女は目障りだった。 ―――高町なのは。 またコイツか、そんな鬱陶しさとしつこさと気に入らなさ、そして何よりも許容しがたき感情が相手の存在を激しく否定し、彼を苛立たせる。 いつもいつもいつもいつもいつも! こちらの目の前に現れ、鬱陶しい綺麗事を押し付けようとしてくる目障りな相手。 何だというのだ、どんな恨みがあってしつこくこちらに付き纏ってくるのか。 何度立ちはだかって、邪魔をすれば満足するのか。 そして何よりも――― 「カズマ君、もうやめ―――」 「―――うるせえッ!!」 何かを言おうとしてくる相手の言葉を、半ば無理矢理に声を張り上げて掻き消す。 もう聞きたくないのだ、こいつの声は。 もう呼ばれたくないのだ、その声で自分の名前を。 「……何で……ッ……何で……テメエの声はそんなに―――」 ―――そんなに、かなみの声に似てやがるんだ! 一方的な言いがかりだが、それでもカズマにはそれが耐え切れない。 そちらが身勝手に奪い、もう二度と取り戻すことも出来ないのかと諦めかけていたというのに。 それに何より……もう彼女だけは傷つけたくないから、背負わないと決めたというのに。 忘れてしまいたいのに、捨て去りたいというのに……ッ! 『カズくん、カズくん……カズくんってば、ちゃんと聞いてるの』 愛しかった、護りたかった、心の底から初めてそう思えたはずの相手だったのに。 お前らが身勝手に奪い取りやがったというのに―――ッ! 「今更……ッ……今更、アイツの事をチラつかせてくるんじゃねえよ!」 汚すな、触れるな、玩ぶな。 そいつはお前らが勝手に触れていいものじゃない。 自分だけの、自分だけの大切な宝物だったというのに。 それを――― 「………返せよ」 睨み上げながら、震える声でカズマはその言葉を叩きつける。 かなみを返せ! 君島を返せ! 俺から奪った俺のモノを全部返せよ! それが出来ないって言うならさっさと――― 「俺の前から……消えてなくなれぇぇぇええええええええええええ!」 瞬間、咆哮と共に虹色の粒子が辺り一体を覆い、周囲の岩石などを次々に分解していく。 そしてそれを形として再構成……その姿は決まっている。 “シェルブリット” カズマの、カズマだけの、己が唯一持っていて誇れる自慢の拳。 己の全て、信念を結晶化した誓いの証。 この大地を生き抜くための、カズマが得たたった一つの力。 己の全てをコレに込めて、今はただ只管に気に入らない目の前のこの女を。 立ち塞がってくる強固な壁を。 「気にいらねえんだよぉ! テメエはぁぁぁあああああ!」 己の全身全霊の全てを賭けて、叩き潰す! 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3186.html 次へ= www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3317.html
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このページでは、18禁恋愛シミュレーションゲーム作品『とらいあんぐるハート3 ~Sweet Songs Forever~のおまけの りりかるなのは とは何かを説明します。 ゲームクリア後(とらいあんぐるハート3 ~Sweet Songs )のおまけシナリオとして収録された「CMスポット」において新番組として予告された架空のテレビアニメ作品のタイトル。 本編のパロディ的な内容で嘘企画であると明記されており、 後に実際に制作された作品である2.~4.のいずれとも全くの別物である。 1.のファンディスク『とらいあんぐるハート3 リリカルおもちゃ箱』に収録されているミニシナリオ。 狭義にはこの作品が4.の原作にあたるが、実質的には1.をはじめとしたとらいあんぐるハートシリーズの後日談にあたる作品であり 4.とは全くの別物である。 1.のOVA版に先行して発売されたミュージッククリップ集『とらいあんぐるハート ~Sweet Songs Forever~ サウンドステージVA』に2.のオープニングアニメという名目で収録されている短編アニメ作品。なお、この作品及びOVA本編は4.と同一スタッフによる制作である。 1.~3.からスピンオフし、世界設定を大幅に変更した上で制作されたテレビアニメ作品。以下のシリーズ3作品からなる。 なお、18禁恋愛シミュレーションゲーム作品 『とらいあんぐるハート3 ~Sweet Songs Forever~』 については、別記で紹介する 魔法少女リリカルなのはTPOへ戻る
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RANK 》 F モスマン(*1)AC // ネオ・スーパーチャレンジャーDX "誰もやりたがらない仕事を引き受けてやっているんだ。俺にも役得があったっていいだろう?" 所属 独立 強化世代 未強化 元々は星外で人身売買、臓器売買、マネーロンダリング補助、 不正な手段で入手したパーツの転売など、表沙汰にできない仕事をしていた 統治しているベイラムにアジトを嗅ぎつけられ、 ルビコンへと命からがら逃亡した経緯を持つ ルビコン解放戦線には餓死寸前だったところを保護してもらったが、 拠点の情報をベイラムに売り渡したことで指名手配を免除 以降は星外企業を相手に人身売買を行っている 他にも、新たにルビコン入りした新人傭兵へ言葉巧みに言い寄り、 搾取の末に使い捨てるといった悪行も働く 投稿者 冬塚おんぜ